猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)のレビュー・感想・評価
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みんな戦いに散ってゆく
初代メンバーがみんな散ってゆく。聖戦記の前に、新世記を見た。コバが発端で人間との戦争が本格化。その流れを組む聖戦記では人間対人間対エイプという過酷な時代。そして初代メンバーが散ってゆく。家に帰って創世記を見直すと、全ては113から始まっている。バイオハザードとも構図が似てると思った。
未来へ繋がっていく
「映画の三部作目はつまらない」
という考えを覆してくれる作品ではないでしょうか。
少なくとも個人的には2作目より楽しめました。
こういう作品を観ると、人間がいかに自分勝手で傲慢か思い知らされます。動物的なのはどっちかと。
2作目で描かれたコバとの闘いもしっかり思い出させ、そしてコバにどんな影響を受けたのかも伝えてくれる。見せ方が上手かったです。
そして人間が死んでいくのが、自然災害っていうところに妙に納得しました。
オリジナルの猿の惑星だけ観ると、猿が人間を滅ぼしたのか?と思えますが、この作品で人間がほとんど滅んだ理由は雪崩。
猿たちは自分達の能力を使い、木の上に登り難を逃れます。
人間には無い猿の能力に、思わずガッツポーズが出ました。
あと新キャラとして出てきたバットエイプが可愛かった。双眼鏡を逆にして見てたときは吹きました。
最後にシーザーがみんなを見届けながら、ゆっくり、眠るように息を引き取るのが脳裏から離れません。
カメラワークが上手く、シーザー目線で、仲間を見届けたように思えます。
ずーっと涙が止まりませんでした。
三部作、全て好きです。
武器庫❌猿たち❌兵士たち
地獄の黙示録である。
シーザーの息子が登場する。
猿たちは、ゲリラ兵士だが、身体能力は抜群で、大木によじ登ることも地下の穴に潜ることも楽勝だ。
人間ぽい猿たちだが、知能を持った猿たちだ。
人間の言葉を喋りまくるのは二匹だけ。
組織とリーダーについての映画になっている。
人間側に、狂気の大佐が登場する。
ウディ・ハレルソンを久し振りに見た気がする。
適役で、しかし、どういう理由で戦争が始まるのかというのもなるほどなという尤もらしい理屈がついている。
シーザー対大佐。
本当は大佐対本軍の闘いに、シーザーたちが巻き込まれるの図だ。人間同士の殺し合い。
ここで人間たちは、武器庫を失う。
どこかに町や工場や農地はあるのか。
口のきけない女の子がすごくよかった。
猿たちにも物語にもなじんでいる。
邦題の煽りが秀逸
聖戦記とかグレートウォーとか邦題盛りすぎ。スケールの小さな小競り合いだけで期待外れ。
もっと人類と猿の運命を賭けた戦いにしてほしかった。そこまで壮大にするのが難しいならスターウォーズのように一レジスタンスの活躍話にしてもらうのが好みに合ってる。
物語の全てが冒頭のテロップで語られ、誰も決着を付けない、なし崩しの大団円。
アミア・ミラーは激可愛!これたげでも観る価値あり!!
ということで及第点クリア!
シーザーに合掌
猿ウィルスは、人間を退化させ、猿を進化させる。
この意味付けは良い。
であれば、この先放っておいても人間はどんどん獣化して、最後には元祖猿の惑星のように、言葉も持たない人間が猿に家畜(労働力)として飼われる世界となるのだろう。
本作は一応“最期の戦い”とされている。
これは、映画シリーズの最後という意味か。
あるいは、ラストの雪崩によって人類の戦闘力は駆逐されたという意味なのか。
シリーズ3作とも、面白く仕上がっており、好きなシリーズではある。
が、「創世記」から幾つか納得のいかない部分があり、それが作品ごとに倍増している。
たとえば「創世記」では、チンパンジーの大きさ(人と同じ背丈)とか、サーカスで手話ができるオランウータンは調教によって芸ができるだけのはずなのに、シーザーと会話できる知性があるかのようで、それなら薬物の影響を受けていないオランウータンの方が奇蹟の存在では、とか。
まぁ、小さいことだ。
だが、本作で納得できないものは、小さくはない。
まず距離感と時間の進行が曖昧過ぎる点。
猿の部族と別れて大佐を追ったのに、追い付いてみたら猿の部族が捕らえられて強制労働させられている。
人間の少女が喋れない理由が不明な点。
シーザーが撃ち殺した男は、少女の父親ではなかったのか?
少女が悲しんでいないので、父親ではなかったとして、それでも少女を捕らえて監禁している様でもなかった。
あのまま置き去りにしたら少女が死んでしまうと猿たちは思ったのだから、男が少女を養っていたことは観客にも猿たちにも想像できる。
それなのに、少女を救っているかのごとき猿たちに疑問。
また、口が聞けなくなるのが感染の症状なら、少女はいずれ獣化していくのだろうか。
大佐への症状の現れかたと、少女の様子は違いすぎる。
少女はあのまま猿たちと幸せに暮らしていくのだろうか?
オランウータンが、最後の最後に喋るのもどうか。
これは、意図しているかもしれないが。
細かいことをいうと、まだまだある。
さっさとシーザーを殺してしまえば良いのに、他の者は簡単に殺しても主人公は殺さないのがアクション映画の定石だから不問。
「創世記」はスケール感がちょうどよかったのだが、「新世紀」からは全地球レベルの話になっているはずなのに、舞台が狭すぎる気がする。
「新世紀」は、局地戦だと解釈することもできるが、本作はこの戦いで猿が生き残ったとしても、近代兵器を持つ人類が他国(あるいは米国の他地域)にも存在するはずで、大団円的なエンディングには能天気過ぎないかと感じた。
「新世紀」のエンドロール後に、ウィルスが世界中に広がっていくことが示唆され、世界の広さを示しているにも関わらず。
ちなみに、原作小説では猿の世界はかなり近代的で広く(外国がある!)描かれていた。
印象に残った場面は、
冒頭の、人間兵士の後ろで同じ戦闘服を着た猿が現れるシーンと、
終盤の、シーザーを追い詰めたクロスボウの戦士が吹っ飛ばされるシーンだ。
アングル・構図がうまい。
とにかく、面白い映画であることは間違いない。
荒唐無稽なSFアクションなのだから、矛盾点などあって当たり前だと割りきって楽しむべき。
シーザーの一族を守るための戦いが、怒りに任せた利己的な戦いに向かっていることに自ら気づいて苦悩する場面や、無防備な猿たちが撃ち殺させていくのを見て改心する赤毛など、登場する人間キャラクターに比べて猿たちの方に人間味が表現されていて、見所はたくさんある。
あの少女、幼い頃のジョディ・フォスターのようなキリリとした目が印象的だった。
世界のミフネ
そして「猿の惑星」へ。
でいいのかな?
コーネリアスの名前もあったし。
「猿の惑星」へ至る話しが一応の完結を迎えたような形だ。
前2作には、なんとなく猿である事の意義に溢れてたような気がするのだが、今作は別に猿でなくとも良いような話しだった。
ほぼ人に近い思考パターンを有するが故の結果なのだろうか?
戦争に次ぐ戦争だ。
戦闘の終わり方に虚しさのようなモノも立ち込めており、それを教訓に是非とも戦いの連鎖を断ち切って欲しいと願ったり、勝ち負けなどは自然の摂理の中では、一瞬過ぎる程でそこに価値を見出す事の方が難しいと思えたり…あっけなく淘汰された人類をみてそう思えた。
物語的には、古典を観てるように定番を外さず、その代価に重厚さを付加できたような感じ。
そして!
シーザーの表情が故・三船敏朗さんに見えて仕方がなかった!
憎しみに囚われるな、誇りを見失うな
知能を持ったエイプたちの反乱を描いた『~創世記』、エイプたちと人間たちの開戦前夜『~新世紀』に続く、リブート版『猿の惑星』完結編。
前2作が非常に面白かったので、今回も期待大!
何だか日米共に新シリーズで一番低い成績のようだが、いやいや、今回も面白かった! このシリーズは裏切らない!
監督は引き続き、マット・リーヴス。重厚な人間ドラマのような演出は健在。
スペクタクルな醍醐味も充分。
シリアスな戦争映画のような作風。
今回もエイプたちの側から描かれる故、手話など台詞は少ないが、じっくり一挙一動に引き込まれる。
一触即発の対立、クライマックスの“大脱走”など緊迫感もたっぷり。
今回も素晴らしい見応え!
さながら劇中のエイプたちの進化のように、新作の度に技術はさらに進歩していく。
今回特筆すべきは、雪。雪のシーンが多く、体毛に付いた粉雪の細かさなどがスゲェ…!
堂々たるシーザーの存在感。
言うまでもなく、“主演アンディ・サーキス”の名演。
ドアップの苦渋に満ちた表情が絶品!
シリーズももう3作も見て、パフォーマンス・キャプチャーの撮影技術など重々承知してる筈なのに、本当はこれは全て本物で、ハリウッドには名演技をする本物の猿たちが…なんてアホみたいな考えが頭を過ずにはいられないほど。
人間側の新キャラに、口の利けない少女、ノバ。彼女とエイプたちの交流に癒される。(ただ、もうちょっとキャラを立たせて欲しかった)
エイプ側の新キャラ、バッド・エイプはこのシリーズでは初めてと言ってもいいくらいユーモラス。張り詰めた緊迫感の中で笑いを提供する。
前2作と同じ4・5採点でも良かったが、4採点にしたのは、今回人間側のドラマが物足りなかったから。
シーザーの前に立ち塞がる大佐が、単なる敵役としか描かれてない気がした。
前作『新世紀』のゲーリー・オールドマンが演じた役柄にはエイプたちを憎む理由がちゃんとあり、ジェイソン・クラーク演じる中立の立場の人間も居て、エイプ側人間側、どちらも考えさせられるものがあった。
勿論ウディ・ハレルソンの凶演は見事だし、彼にも彼なりのエイプたちを根絶やしにする理由はあるにはあるが…、はっきり言ってサイコ野郎。考えさせられるものではなかった。
最も、狂人の考えなんて理解出来るものではないし、大佐の野蛮な行為は大佐の最も恐れる人間の○○だとすれば、皮肉でもある。
また、冒頭、シーザーに解放された軍人が何か物語に絡むかと思ったら…。
シーザーは知能が発達した瞬間から、何と苦悩や葛藤を背負った存在か。
人間たちとの関係、対立、仲間のエイプたちの平穏、反逆…。
今回シーザーを、ある悲劇が見舞う。
その途端、シーザーは我を見失い、憎しみに囚われる。その憎悪の表情!
あの慈愛に満ちたシーザーが、勿論仕方なくだが、あるシーンでは人間を、あるシーンではエイプを殺める。まさかと思った。
モーリスは「まるでコバのようだ」と指摘する。
実際、シーザーを苦しめるコバの悪夢…。
憎しみは、容易く選択の淵に立たす。
そのまま憎悪の渦の中へ堕ちるか、踏み留まるか。
憎しみと苦難の果てに辿り着いたラストのシーザーの姿に、何より大切なものと決して捨てなかった誇りを見た。
欲を言うと、“猿の惑星”となるまでもう一幕欲しい。
が、さすがに無理か…(^^;
シーザー
前作に比べると人類との対立がよりはっきり描かれていて冒頭から命のやり取りがあり全体的に戦争映画を観ている感覚でした。
人類側についてるエイプもいるのは驚かされましたね。
シーザーは何一つ悪い事をしてないのに妻を殺され息子を殺され、コバの亡霊に苛まれ、、、
ただ平和に暮らしたいだけなのに、ひたすら可哀想に思えました。
病気の事もあり地球の生態系の頂点が人類から猿に取って代わろうとしている、、、人類もエイプもお互い必死で緊迫した様子が伝わってきました。
その緊迫したシーンを和ませてくれたのがノバとバッド・エイプ。
旧作を観ている私としてはノバという名が出て来たのは嬉しかったです。
バッド・エイプはおどけたキャラクターで面白く楽しめました。
脱獄シーンは緊迫しそうな場面ですがコメディ調になっててクスクス笑いながら観てました。
大佐は冷徹な男として描かれていましたが、彼もまた壮絶な人生で、だからと言って思想が合わない人まで殺すのはどうかと思うけど気持ちは分からなくはない。
その大佐とシーザーが対峙したシーンは何とも言えませんでした。
病気にかかたった大佐が自分を殺せとシーザーに委ねた時にシーザーは何を思ったのか、、、
妻や息子の為に仇を討ちたい
いや、それではコバと同じになってしまう
大佐は死を望んでる、、、それを叶えてあげていいのか、、、お前は復讐に来たんだろ
いや彼も辛い思いをしているじゃないか、、、確かに人は滅び猿の時代が来るだろう
そんな事を考えていたかはわかりませんが色んな事を考えて葛藤している事がひしひしと伝わってきて、何とも言えない感情が湧いて泣けて来ました。
その流れからのシーザーの最期。。。
感動してしまいましたね。
シーザーは理想の上司に名を挙げてもいいぐらい、いい奴だった。
過去二作を観た時は旧作の方が好きだなぁと思ってたんですがリブート三作を観終えてみると旧作と同じぐらい好きな作品になりました。
欲を一つ言うならば、エンドロール後に何年後という感じで実は深宇宙から帰還する宇宙飛行士達がいて大気圏に突入するシャトルがあって、その流れ星が見える光景に崩れた自由の女神像が映し出されていたらというような旧作に繋がっていく何かがあったらファンとしては嬉しかったですね。
続編があるのかわかりませんが続きがあればまた観てみたいです。
うふふ。続編は50年前に終わっているよ。
SF映画の金字塔のひとつである第一作(1968年)の謎。"なぜ地球は、猿の支配になったのか"、"言葉のしゃべれない原始的な人間はなぜ登場したのか"、それが50年目にしていよいよ明かされる。
そうだったのか! 見事な理屈だ。
当然、週末1位と思いきや、まさかの2位(1位は"Fate")。けれども、気持ちよく1968年の「猿の惑星」に引き継がれるので、過去の名作を見直してみるのも一興である。近年の続編モノにおいて、もっとも繋がりの美しい完結編になっている。
上映終了後、近くの男性グループが、"コレ、ぜったい続編があるよね!"と会話していた(笑)。"続編は50年前に終わっているよ"とはツッコミできなかったが、半世紀も経っていれば、そんな微笑ましい反応も仕方ない。
本作の見どころは、しれっと高度なデジタルVFXを披露していること。絶対に3Dで堪能するべきである。
ご存分の通り、もはや単なる"着ぐるみ"ではなく、猿たちの動きの多くがデジタルで描かれた創作物である。ディズニーの「ジャンル・ブック」(2016)や「美女と野獣」(2017)でも、そうであったように、VFXが自らを主張することなく、ストーリーに溶け込んでいる。
後半の雪山のシーン。猿の自然な毛並みに、粉雪が降り積もる映像は必見!"人工物 on 人工物"なのである。ピーター・ジャクソン率いる"WETAデジタル"、スゲーッ。監督はマット・リーブスだけどね。
本作は"リブート3部作"と紹介されるが、正確には"前日譚"="猿の惑星・ビギンズ"である。
シーザー誕生の"創世記(ジェネシス)"の衝撃に比べて、2作目の"新世紀(ライジング)"は、"シーザー VS コバ"の仲間争いの意味が分からず、中だるみ感があった。しかし、今回の"聖戦記(グレート・ウォー)"で、その伏線も回収されている。コバの存在もようやく意味が見えてくる。
さらにさらに「猿の惑星」(1968)、「続・猿の惑星」(1970)に登場したキャラクター名"ノヴァ"を彷彿とさせる同名のヒロイン(少女)が登場するのも興奮だ。言葉をしゃべれない原始的な人間というのも意義深い。
(2017/10/14 /TOHOシネマズ新宿 /IMAXシネスコ/字幕:栗原とみ子)
映像はいいです
エイプ達の映像は実写かと思うほど違和感なく、この作品でしか見ることができない素晴らしさがあります。
惜しむらくは、ストーリーが相当荒いです。人間側の行動に説得力がありません。最初の戦闘は煙幕と弓矢であっさり壊滅。巣への潜入も、無駄に目立つレーザーサイトでモロバレ。もう少し何とかならなかったのでしょうか。エイプ側の行動を引き出すためにやってる、台本感がひどいです。
さらに悪いのは、ラスト近くに明かされる事実。ウィルスの生存者であっても、知能の低下が起きてしまう、と。それだと聖戦もなにも関係なく、放っておいても猿の惑星になっていたのではないでしょうか。警備のザルさも相まって、ラスト近くでは今一つ乗り切れませんでした。
エイプ視点・人類視点
CG技術で成り立つ、特異な作品。サルの顔面芝居を成り立たせるのは技術と生物知識、熱意の賜物に違いない。
オープニングのタイトルの出方がかっこよかった。
人間視点で始まり、エイプ視点に切り替わり、いつしかシーザーしか言語をしゃべってない場面が続く。それでも物語が進むし、面白い。
冒頭から人類にゴリラはいるし、シーザーの一行は女の子を連れるし見ている自分がどちらから見るべきかが揺らぐ。シーザーが復讐に燃える姿はだんだんと醜くなる。対する大佐は人類を守るため鬼となったと語る。地球に人類が淘汰させられるというのは納得する。抗おうとする人間は悪かとも思う。
バッドエイプのシーンは全体に緩急をつけててとてもよかった。全体のテンポを考えてあるなと感じた。
強制労働を知性あるエイプが行うのは観ていて心を痛めた。知性あるからできる脱出作戦は無理あるかと思ったけど面白かった。
結末が決まっているって点で、ローグワンと一緒なわけだけど、ローグワンではそれ以降に出てくるキャラクターを一切出せないから全く新しいキャラクターが現れて消えていった。一方、この3部作は猿たちをCGで描くことで未来につながるキャラクターを出演させている。そのエネルギーが前提として楽しいなと思う。
猿の惑星の謎の種明かし
なぜ人類は退化したのか?今作で猿の惑星の謎が解き明かされて、つながりましたね。コーネリアスやノバも出てきたし。前作よりも猿と善人の交流が激減してほぼ猿の戦いだけど。技術も進歩して猿の感情をここまで表現できるとは驚きです!敵役の大佐のラストはなんとも意外で皮肉な結果でした。
残念
「創世記」で彼の「NOーーーーーー!」の咆哮以来魅了されて、シーザーへの期待値は上がる一方でしたが、「新世紀」では出番も少なく、寧ろ凶悪な猿コバや「イイ人」Gオールドマンの引き立て役でしかなく、「これは次への布石か!?」と今回の予告編で確信した自分が愚かでした・・・。
先ず「新世紀」ではコバへの憎しみもそうだが、シーザーの人間への一縷の望みを残して終わっているので、そこから広げて話を作ってほしいのに、あの大佐、え、誰?シーザーのお知り合い?
いやいや無慈悲にも潜入して暗殺しといて、「俺が殺したのは誰だ?」とか聞いてる時点で知り合いでも何でもないよね。そんなの大佐といきなり出てきて話し合いとか出来るわけなく、あの冷静沈着なシーザーが感情剥き出しで、あの気高いシーザー様はどこいってしまったの?
で、あの女の子、事前の出来事からしても必要性感じない。彼女はウイルス感染ではなく、バッドエイプが近づいた時の事から先天性の聴覚障害だと思ってた。でもその設定も後半怪しくなってた、徹底してなかった気もする。
序盤中盤となかなかノれない展開ながら、いやそれでもシーザーはやってくれるだろう、それまで涙はとっておくよ、と半ば我慢して観続けたが、大佐と対峙した時の台詞でかなりうんざりして、しかも対立軸がとても都合良くぶれまくるので、何を観てるのかよく分からなくなってきた。
火気厳禁、は1回でいいし、地下通路の水はどこから流れてきたか不明だし、雪崩で全部有耶無耶にしてしまって、最後は作り手が匙を投げた様な感じすらした。
その前のシーザーと大佐とのラスト、今話の中であれだけ憎しみ抱いて追いかけてきたのに、あれはシーザーがやるべきでしょ。
あとねー、ラスト、過剰。以上。
最近流行の3部作もの。寧ろマーベルの事を思えば3部で終われば早い方だが、何でもかんでも3部作にすれば良いというものでもない。この3部作は着地が決まっているから尚更。
待てよ、次もあるのか?
猿
予告が面白かったので興味
猿と人間の戦い?
クスッと笑えるとこあり
でも所々泣ける
癒しのノバ💕可愛い💕
シーザーが最後死ぬのはなんかもったい無い
猿の惑星おもしろかったので他のシリーズも観たくなりました〜
ノバかわえぇ〜
ノバは美人になるね‼︎
ダコタファニングに
アマンダセイフライド
足したみたい
新しい
シリーズの中では
1番好きかも
謎の病気は
いったい何だったんだ?
シーザー死す‼︎
カッコ良かったぞ‼︎
いや、ひどくないですか?
完全にネタバレです。
リブートからのファンです。
元の猿の惑星は、子供の頃テレビで見たかな~くらいで、後はある程度あらすじは知っているという程度です。なので、元のシリーズに対するオマージュについては評価できる立場にないという前提での観賞です。
いったい、何がいけなかったのだろう...
監督は前作からの続投ですし、キャストも同じですし、それなのにどうしてこんなことに...
1作目と2作目は期待せずに観たら思わぬ拾い物で、今回復習のために見返して、やはり面白いと再確認し、今作への期待値は上がりに上がった状態での観賞だったので、逆にそれが悪かったのか...
確かに、良いところもあるんです。
そもそもリブート以降のファンとしては、シーザー様が出てくるだけでもう満足してしまう部分もありますし...特に序盤、「人間達がエイプを見つけて先制攻撃したら、エイプ側の援軍がやってきて皆殺し!」なシーンとか、滝から潜り込んでいた大佐に妻と息子を殺されて、怒り狂ったシーザーが大佐を追いかけるくだりとか、ピリピリした緊張感のある良いシーンだったと思います。
(まぁ、映画始まって割とすぐ殺されちゃうので、しかも前作の、「コバがブルーアイズを助けるくだり」みたいに、キャラ立てのためのシーンも特にないので、若干のどうでもよさが無くはないのですが...)
ただ、それ以降は力を使い果たしたかのような失速ぶりです。
ノバを助けるくだりはまぁ許します。名前が旧作へのオマージュらしいですね。はい。今作に至っては、彼女がいないと観客が感情移入できる「良い人間」がいなくなってしまうので、彼女の存在は必要なんでしょう。はい。前作、前々作のような、「良い人間もいると知っているからこその苦悩」とかは別にないとしても、まぁ半分エイプみたいなもんですからね、仕方ないのでしょう!
とは言え、大佐に人形を渡す役割くらいしか果たしてないのに、あんなに彼女にまつわる尺は必要なんでしょうか?無駄じゃないですか?
(ちなみに、病気のくだりでは「なんでノバはピンピンしてるのに大佐はあんな弱ってるのか」みたいな疑問を散見しますが、あれは自分が殺しまくってた奴らと同じになっちゃったショックでああなってただけで、病気自体は致死性ではないんだと思います...)
似たようなところでは、猿の惑星のジャー・ジャー・ビンクスこと、「バッドエイプ」さんも然り。
登場シーン、「人間かと思ったら猿でした」っていうのは、意外性があって良いですね。役割的にも、アジトへの道案内として必要なのもわかります。
とはいえ、はじめから英語がペラペラなくだり...ネット上の有識者によると、「元々シーザー達の仲間ではないが、人間の猿インフルに感染して知能が高くなったり毛が抜け落ちたりした」とのことですが...映画内のあの説明で、そこまでわかります?モーリスは不思議がってましたが、僕も不思議がってました。なんか説明が雑ですよね...
雑と言えば、シーザーが捕まった後、大佐が「人類の退化」についての説明をするシーンがあるのですが、「生き残った人類も、実は猿インフルのキャリアで、それが変異して云々...」って説明が(体感)5秒くらいあるのですが...雑!!!
そんな雑な説明するくらいなら、もはや説明せずにいてくれた方がマシです...
閑話休題...このノバとバッドエイプが、映画の要所要所で、なんか感動げな雰囲気なり、愉快げな雰囲気なりを挟み込んでくるわけなんですが...これ必要...?
いや、そういう要素があるのは構わないですし、今までもありましたし、それ自体は良いんです。ただ毎回「感動げなシーンになるといきなりそれっぽい音楽がかかって強引にそういう雰囲気にもってく」パターンが多過ぎて(愉快げの方も同様)、それまでの流れとかタメとか前振りとかがまるでないので、そんな取ってつけたようにそういう要素をぶち込まれても、段々どうでもよくなってくるというか...
(そういう意味では、檻の鍵を手に入れるために人間にクソをぶつけるロケットさんのくだりは、最高でしたね...
でも...そのくだりをするために「子供たちの檻に繋がる穴から水が!」のくだりをやったのが見え見えで、それはちょっと興ざめ...
「○○のために」で言えば、完全に「コーネリアスを預けるため」だけに登場させたレイクさんも...というかこの作品自体が「1作目に繋げるため」ですもんね...)
シリアスなトーンで統一されていた前作を見たあとだと、観客の気持ちをあっちこっちに無意味な振り回して、興味の持続を妨げている気がします...
その他の細かいイチャモン...
「拷問される仲間を見て、思わず「やめろ!」と叫んでしまうシーザー。結構長々としたセリフでしたが(英語よくわかりません)、そこは「NO!」でいいだろ」とか...
「捕まったシーザーが仲間の窮状を聞かされるシーン...「どんな仕事だ?」って字幕だと、ブラック企業に就職しちゃった息子に親が言うセリフみたいだな」とか...
「同じく字幕だと、壁の近くの「火気厳禁」のタンクが、初登場時に1回、爆破前にもう1回出るけど、正直1回字幕が出るだけでも充分すぎるくらいだろ!ダチョウ倶楽部か!」とか...
「そのタンクをシーザーが爆発させようとするシーン、壁の上からドンキーが見ている双眼鏡の中で、音もなくシーザーが倒れるので、普通に転んだようにしか見えねぇよ!そこは銃とか音の出る武器じゃダメだったのかよ!」とか...「なし崩し的にもう1個あったタンクにも引火して基地全体が爆発ってそれ、シーザーがやんなくても攻め込んできた軍に狙われたら一環の終わりじゃねーか」とか...
「あの壁、エイプ達があんなに苦労して作ってのに(そもそも完成したのか?してないのか?)もうちょい役に立ったのがわかるように撮れなかったのか」とか...
「ラストのラスト、モーリスが「シーザーがエイプのためにしてくれたことは誰も忘れないだろう」的なこと言うけど、前々作はさておき、前作、今作では、「シーザーがエイプのために何かしてるシーン」はほとんどないから、あんまり感情移入できねぇよ!」とか...
「そもそも脱走したり拷問受けたり、やってる事が1作目と変わんねぇよ」とか...
「最後にやってきた人間達と戦うのかと思ったら、雪崩で全滅って...」とか...「そして猿の惑星になるって、雪崩のせいってこと...?」とか...「そういや、大佐がさらっと「人類の大半が攻めてくる」みたいなこと言ってたのもその伏線ってことか...雑じゃね...」とか...
「日本版タイトルの「聖戦期」は間違ってはないけど煽りすぎだろ」とか「それを言ったら原題もだろ」とか...
まぁ確かに、今回は前作と1作目を繋ぐ作品な訳で、言ったらスタートもゴールも決まってるので、自由度があまりないから仕方ない部分はあると思うんです。...と思って自分を保っていたのですが...
あれ?
思 っ た ほ ど 、1 作 目 に つ な が っ て な く ね ... ?
「そもそも今作は、前作から2年後...1作目も今作からは相当経っている...だから言うほど1作目と繋がってないのは当たり前」...というのはわかるんですが...それにシーザー様が人間を奴隷扱いしてるとこを見たいかと言われれば確かに見たくはない...それはそうなんですが...
それだったら、そもそもこの話全体が、スルーしてた「前作と今作の間の2年」と同じように、別にわざわざ映画を作る必要なかった話なんじゃないかと思ってしまいます...
「シーザーが死んだ時のお話」っていう以上に、「猿の惑星」の世界に於ける意味がないというか...
オマージュとか隠された意味とか、本筋と関係ない部分は意味が過剰なのに、本筋はほとんど無意味になっちゃってるというか...
しかし...これでシーザーの活躍をもう見れないと思うと...本当に何を楽しみにこれから生きていけば良いのか...ジェネシスとライジングだけを延々見続けて自分を慰めれば良いのか...
誰かこれなかったことにして、今作だけリブートとかしてくれないかな...
ブリッジ
前二作に引き続き、もはや作り物の映像とは感じさせない高い技術力、今回は更に猿の表情が豊かになり、スケールアップしたように思う。それぞれの猿のキャラクター作りも丁寧で、神話性を高めている。
さて、前二作と旧作のブリッジになる今作、シーザーが不可避である人類との戦いにどのように対したかという前作の課題と人類がどのように愚かに滅びたかという旧作の課題をどのように描くのかに注目がいったが、双方共、消化不良気味に感じた。特に旧作が残した課題については、旧作において核戦争を予見させたが、強欲で殺し合う人類の姿を回収しながらも、結局のところ、シーザーの元飼い主の失態に端を発しているので、少し焦点がぶれたように感じてしまった。なぜ人間は喋れなくなったかという旧作の謎に物語全体が引っ張られ過ぎた感がある。
また、殺し合わない猿と殺し合う人類という対比から人類を痛烈に批判してきたが、シーザーの動機を個人的な恨みにしてコバ化させて、人間的な苦悩をシーザーに組み込ませたことで、この聖戦の意義が半減した印象がある。
とはいえ、シーザーという偉大なキャラと屈折しまくった大佐の対立を軸に話をよく推進させたようには思う。
猿の惑星グレート・ウォール(すごい壁)
チャン・イーモウ監督と張り合った訳ではないでしょうが壁を築くとかトンネル掘るとか割とグレート・ウォール成分ありましたね。
あと美幼女ノヴァは劇中ほとんどモーリス(オランウータン)にベッタリでしたがそのままポスターにするとビジュアルからウォー成分が欠落する問題があります。ないか。
よく寝られました
だいぶ最初の方から「ああ、これは違うな」と思って入眠モードに入ってはいたのだが、なんとかシーザーが滝壺に落ちるところまでは粘ってギブアップ。
目が覚めたら人間同士で戦争しているわ、悪役の大佐が奇病にかかっているらしく自害するやらでかなり寝過ごしたことに気付く。
都合の良いところに可燃物がおいてあって全てを爆発して解決。ついでに別の人間も雪崩で押し流して解決。
猿たちは新天地へと旅をして新たな安住の地を見つけるのだった。そしてそれを見届けたシーザーはゆっくりと目を閉じる。
この頃になるとよく寝たせいか頭がすっきりしてこの猿に混じってる女の子は誰なのかしらん? とか思うのだがDVD化されても見ないだろうなあ。この世界観に興味がないことに映画館に行く前に気付くべきだった。
まあ散歩にもなったし質の良い睡眠が取れたのでその点は評価しておこう。
最近、猿人と人類の進化の分岐に関する本を読んだばかりなので英語を喋る猿を見るだけでうんざりしてしまった。
アウストラロピテクス、ホモ・ハビリス、エレクトゥス、と奇跡的な進化を遂げたのが人類なわけで。その前提知識があると謎猿のファンタジーはちょっときつい。
最近になってまた映画館に通うようになったがもう少し作品を選ぶ目を養わないとだめだなと痛感した作品でした。
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