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◆猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)

過去の戦争映画の記憶を喚起させ、猿と人間の闘いは終局を迎える
  「敵対する人間と猿の混在する世界が、はたして長続きするのか?」
ーー1970年「続・猿の惑星」宣伝コピーより

  前々作「猿の惑星:創世記」(11)を起点に、旧5部作(68〜73)に優るとも劣らぬフランチャイズを成立させた新生「猿の惑星」シリーズ。人間に育てられながらも、エイプ(猿)の権利を得るために敵対を選んだシーザー(アンディ・サーキス)の闘いは、ここへきて最終局面を迎える。前作「猿の惑星:新世紀」(14)でのエイプの内訌を経て、人間との戦争はより終末的となり、秩序の崩壊は人間側に恐るべき支配者をもたらした。シーザーはそんなテロ部隊を率いる暴君・大佐(ウッディ・ハレルソン)に妻子を殺された復讐と、捕虜となった仲間を救うため、彼との一騎打ちを果たす「最後の聖戦」へと自らを向かわせるのだ。

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  こうした物語に監督のマット・リーヴスは、「突撃」(58)や「大脱走」(63)そして「プラトーン」(87)など、過去さまざまな戦争映画の記憶を喚起させる演出をほどこし、先述の事態をファンタジーではなく、人間どうしの争いと見紛うほど迫真的に描いている。特に捕虜ジャンルの歴史的名作「戦場にかける橋」(57)への言及は、同映画の原作者であり「猿の惑星」(68)の原作者でもある社会派ピエール・ブールへの敬意を濃く放つ(プールは捕虜時代の体験をもとに両作を執筆)。そしてなにより、戦争の狂気に囚われた支配者の暗殺を描く「地獄の黙示録」(79)の韻を踏むことで、本作はシーザーの道行きと、向かう先々で彼が目にする人間の愚行を「地獄の黙示録」のウィラードばりに再現する(もちろんスキンヘッドの大佐はカーツだ)。監督が豊かな映画知識を自作へと結実させ、作品はこれ以上ないほどの壮大なクライマックスへと到るのだ。

  現実社会を映したシリーズ独自の寓話性に瞠目させられるが、最も注視してほしいのは最後、シーザーの「時代の役割を終えた」かのような表情から、CGを越えてアンディ・サーキスその人の顔貌が感じられるところだろう。これはシリーズ最大の功労者を讃える、監督ほか視覚効果スタッフたちの粋な計らいだ。デジタルキャラクターをここまで生きた存在にした、ひとつの到達点としても本作の価値は揺るぎない。そんな成果を含め、敵対する人間と猿が混在する世界の結末に、ぜひともオンタイムで触れていただきたい。

(尾崎一男)


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