劇場公開日 2016年7月16日

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生きうつしのプリマ : 映画評論・批評

2016年7月5日更新

2016年7月16日よりYEBISU GARDEN CINEMAほかにてロードショー

身近な誰かの遠さをめぐる物語、その残酷さを快活さの中にあぶり出す

ウェブ上で発見した亡き妻に生きうつしのプリマドンナ。彼女の正体を探れ。まなじり決して迫る父の命を受け、娘ゾフィはドイツからニューヨークへと飛ぶ――。

そんなふうに始まる映画はいかにも深刻な謎解きのミステリーを思わせる。あるいはニュー・ジャーマン・シネマ草創期以来の名コンビ、マルガレーテ・フォン・トロッタ監督の下、前作「ハンナ・アーレント」に続いて主演するバルバラ・スコヴァが貫禄たっぷりに一人二役に挑み、瓜二つの存在を要とした筋が解け出す――となればやはり、ヒッチコックの「めまい」や先達にオマージュを捧げたデパルマの「愛のメモリー」に列なる一作を思い描きたくもなるだろう。が、映画は観客の勝手な期待を小気味よく裏切っていく。ひょいと肩すかしを食らわせてみせる。前作でも噛みごたえある語り口を紡ぎあげた監督フォン・トロッタの新作は実際、あたかも対極をめざすかのように、軽やかな口調で亡き母の、妻の、過去をひもとくことから見えてくる人のドラマを導き出す。

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すべり出し、結婚式のコーディネーターとして生計を立てるゾフィがカップルを前にお互いを真に知ることの難しさを冗談めかして呟く。それを全篇への目配せとするように、映画は身近な誰かの遠さをめぐる物語を、むしろ朗らかな足取りで追う。親子、夫婦、兄弟、姉妹。こんなにもそばにいるのに何も知らずに生き、そして死んでいく家族という営み。その残酷さを快活さの中にあぶり出す。胸の内でじくじくと膿んできた怒り、憎しみ、嫉妬、そして愛。涙に濡れた思いの重さをさらさらと軽やかなタッチが逆にくっきりと縁取っていく。

プロダクション・ノートによればほぼ40年前、新たな家族を知った監督の実体験が本作のヒントになったという。「鉛の時代」「三人姉妹」と姉妹の映画を繰り返し撮っているのも偶然ではないのだと教えてくれるその体験を物語るまでに要した歳月。クライマックスで弾けるヒロインの哄笑は人の悲しさを笑い得る74歳の監督の強さを思わせずにはいない。彼女の新作はだから観客の成熟度にも挑むコメディと呼んでみたい。

川口敦子

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