劇場公開日 2016年6月18日

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「ありふれた事件」葛城事件 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0ありふれた事件

2016年9月4日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

怖い

ある凶悪事件を起こして死刑を宣告された青年。
世間から非難され続けるその青年の父親。
事件はどのような流れで起きたのか、そして
事件後の加害者家族がどのような顛末を辿るのかを、
過去と現在を前後しながら描くドラマ作。

厭(いや)な後味が残る映画だけれど、
同時に非常に見応えのある秀作だった。
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主役の葛城家を演じるメンツが、揃いも揃って見事な演技。
常に場を支配する三浦友和の威圧感も流石だが、
魂が抜けかけたような南果歩の演技もものすごい。
家族をどうにか繋ぎ止めている新井浩文の苦渋の表情、
俯いた顔の内側で憎しみをたぎらせる若葉竜也もグッド。
序盤、長男の妻が自宅を訪れるシーンでの、歯車がことごとく
食い違った時計のように軋みを上げる家族の風景が恐ろしい。
なんて重苦しく陰鬱なアンサンブル。
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恐ろしい事件が起こった時、世間は事件を起こした人間や
その家族を別種の生物と考えて心の整理を付けようとする。
ドラッグをやっていただの、特異な性的嗜好の
持ち主だの、ネット上での過激な言動だの、
『世の中には怖い人間がいるなあ(自分は関係無いけど)』
と安心しようとする。

この映画の恐ろしい所は、
自分とはかけ離れて思えたそんな人間達が、実は
別種でも何でも無かったかもしれないと思わせる点だ。
ごくありふれた人間、ありふれた事件に思えてくる点だ。

僕も冒頭こそ「あんな父親なら息子もどうかしちゃうよね」
などとあぐらをかいて観ていたけど、実はあの父親も
世間からの非難が元で、事件前より卑屈で横柄な
態度を取るようになっていることが見えてくる。
事件前の彼も傲慢ではあれ……そう珍しい人間ではない。
短気で自分の意見を押し付けがちな所はうちの親父や
他の知り合いにも少し似た所があると感じたくらいだ。
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あの次男も元々そんな異常な人間ではなかったと思う。
彼は父親に愛されている実感が無かったどころか、
父親の常日頃の叱責に劣等感ばかりが募り、自分は
誰より無価値な人間だと感じてたんだろう。一方で、自分を
そんな思考の持ち主に追い込んだ父を憎悪していたんだろう。

あの凶行はもはや『父を見返したい』とかではない。
自分の全てを否定する“敵”を、逆に徹底的に否定してやる、
お前が全部間違ってたと思い知らせてやるという憎しみだけ。
彼はもう父を単なる外敵、平穏になるはずだった
家族を乱す異物としてしか見ていなかったんだと思う。
少しだけ表情の緩んで見えた束の間の団欒や、最後に
兄に似たスーツ姿の男性を見て動きを止める場面が、
今思い出しても哀しくてやりきれない。
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あの父親は、自分の期待に応えられない次男と
出来の良い長男とを比較して厳しく当たっていた。
だが、「俺は精一杯やったんだ」という彼の言葉に嘘は
無いのだろう。少しだけ流れる幸せな時代の風景を見ても、
彼は彼なりに次男へ愛情を注いでいるつもりだったのだろう。

けどね、思うに、
厳しいばかりでは『自分を守ってくれない、受け入れて
くれない』と不信感や憎しみだけを抱かれるのが関の山。
子どもの失敗や苦境をただただ叱咤するのではなく、
おおらかに受け止めるような姿勢も見せなきゃ。
自分の場合ではあるが、僕が自分の父を“父だ”と
感じたきっかけは、弟の大きな挫折を「自分もそれくらい
のことはあった」と笑いながら受け入れてくれた時だった。
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ラストは少し可笑しく、けどやっぱり哀しい。
孤独に苛まれて終盤次々と不様な行動を晒す父親。
どんなことが起きても人生は延々と、ただ延々と続く。
僕らもあの父親・あの家族と同様、
どこで間違ったかさえ分からない内に、どうしようも
ない人生に陥ってしまうかもしれないのだろうか。

物語の進行役とはいえ設定が浮きすぎて思える
田中麗奈の役は不満だし、やはりこの重苦しさゆえ
「面白かった! 最高だ!」と手放しには喜べないのだ
けど、
それでも観て良かったと思えた映画。4.0判定で。

<2016.07.22鑑賞>
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余談:
文脈に沿えなかったのでここで一言。
父親の経営する雑貨屋のレジに立った長男の見た、狭い風景。
あの父親は毎日あの風景を目にして過ごしていたんだろう。
店は継ぐなという父親の言葉からも、あの父親は
自分の子ども達は自分より立派になってほしいと
願ってたんだと思う。
あの時の長男の微かな笑みが、どうにも切ない。

浮遊きびなご