劇場公開日 2016年9月17日

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「僕の中の原作の世界とは違うものでした。」オーバー・フェンス 栗太郎さんの映画レビュー(感想・評価)

2.0僕の中の原作の世界とは違うものでした。

2016年9月18日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

原作の尺では映画一本にするには短い。だから、ストーリーにも各キャラにも肉付けをする必要がある。それは、本作が収まっている短編集「黄金の服」の中の他作から得るだろうと思っていた。
はたして、サトシの精神疾患の部分は「黄金の服」のアキだった。僕はがっかりした。そもそも原作のサトシは、あんなぶっ壊れた危ない女ではないのだ。だいたい、付け加えるとするのならアキでなく文子のほうじゃないか。過去がありながらも分別は持ち得ている文子こそ、サトシのキャラに近いものがあるのに。サトシはあんなオーバーアクションの鳥の求愛の真似なんてしない。おまけに、地に足をつけようと花屋で働くのが似合うサトシには水商売はイメージ外だ。
舞台が職業訓練校だけに大工の道具でノミがでてくるが、あれを芝居でつかったのも失敗だ。他の映画ならノミ自体がもめごとのフラグとして成り立つが、佐藤泰志の話の場合は違うのだよ。喧嘩の小道具ではなくて、心のキズの象徴なのだよ。だから、あるのだけどつかっちゃいけないのだ。(そう思うのは自分だけ?)
ついでに言えば、代島も間違っている。思いがけずこんなところ(訓練校)で出会えた、気の知れた同世代の仲間であるはず。演じた松田翔太本人が悪いわけではないが、儲け話を持ち掛けたりはしないよ。代島には、「黄金の服」の道雄を肉付けすべきだったろうと思うのだが。
オダジョーはよかった。枯れたなかにも艶があり、瞬時に見せる狂気もある。さすがに上手い。だけど、あの役にはちょっと歳が行き過ぎているのが不満だ。

たとえば、「そこのみにて光り輝く」のなにがよかったかって、綾野も菅田も高橋もよかったけど、あの千夏を体現した池脇の存在こそがまさに作品の完成度を上げたのだ。その千夏というキャラには、閉塞した地方都市に住む、希望の見えない若者が、わずかながらでもようやく見える希望をそっと、それでいてしっかりと捕まえておこうとする健気さがあった。この原作のサトシにもその健気さが見えている。そのキャラを膨らませてくれるのものだとばかり思いながら鑑賞したのだ。がっかりした。

鑑賞後、舞台挨拶。
マックス、キャラ自重気味ながら随所に弾けまくり。
キューバで撮影中のオダジョーには会えず。残念。

栗太郎
栗太郎さんのコメント
2016年9月21日

是非とも。

栗太郎
かきのたにぇさんのコメント
2016年9月20日

原作読んでみます!

かきのたにぇ