劇場公開日 2015年11月27日

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「文化財返還運動を先取りしたナチス批判映画の新たなバリエーション」黄金のアデーレ 名画の帰還 徒然草枕さんの映画レビュー(感想・評価)

3.0文化財返還運動を先取りしたナチス批判映画の新たなバリエーション

2023年3月26日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

2013年、ミュンヘンの民間アパートの1室からナチスの収奪した絵画1,400点が発見されて、世界的に話題になった。そして、その所有者は誰か、返還すべきかが問題となった。いわゆるグルリット事件である。
本作のクリムト『黄金のアデーレ』返還はこれに先立つこと7年、2006年の実話だが、2015年という映画製作時期を考えると、上記グルリット事件に触発されたのかもしれない。

映画の内容はナチスによるユダヤ人迫害、財産収奪の経緯と、収奪されたクリムトの絵画の相続人がオーストリア政府に対し返還を求めた経緯の2つを交互に描いたものとなっている。
広義のナチス批判映画に含まれるが、最近のトピックを含むという点ではホロコースト否定論を巡る訴訟を扱った『肯定と否定』(2016)に類似している。これら2作品のように、ナチス批判映画もいかに迫害が行われたかを描くことから、近年はバリエーションを増やしていく傾向にあるらしい。

これは頷けることで、ナチス批判映画はもはや水戸黄門と同様、勧善懲悪で一律の紋切り型映画になりがちだからある。本作も、ナチスによる迫害とそれから逃走するシーンは他の映画で何度も見せられた話であり、ほとんど興味を呼ばない。
むしろ興味は、戦時はドイツにあっさり併合され、その後もナチス収奪絵画を国宝のように扱っていたオーストリア政府と、米国帰化ユダヤ人との返還交渉のシーンの方にある。返還を頑なに拒むオーストリアの学者が、何やらナチスのような悪漢として描かれているのは笑えた。

訴訟は所詮、単なる法的手続きなのでさして面白くはない。ただ、最初は返還不可能のところから徐々に盛り返し、最後の仲裁裁判で逆転するところや、その間の所有者の老婦人と弁護士の姿は引き込むものがあった。ウイーンの光景、重厚な建築物等も魅力的だが…それ以外、取り立てて目を引く箇所はない。

本作の公開後、この文化財返還問題は遥かに大きな動きとしてヨーロッパに拡大する。つまり、ナチスの収奪文化財返還から、近代に欧州諸国が植民地から収奪した文化財の返還に広がって、この傾向が現在に至ってますます強まっているのである。
2017年、マクロン仏大統領は植民地の文化財返還を約束、翌2018年にはアフリカ文化遺産返還に関する仏政府の報告書が提出され、以後、イタリア、さらに英国も渋々返還に動き出している。2023年現在ではギリシャ・パルテノン神殿の彫刻の返還が俎上に上っているという。

こうして見ると本作は、ナチスの収奪したユダヤ人の財産返還問題を通じて、欧州諸国による植民地の文化財収奪と返還を射程に入れており、話題性としては現在でも新しいと言えるかもしれない。

徒然草枕