劇場公開日 2014年12月6日

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「ペニスの所有と管理」メビウス よしたださんの映画レビュー(感想・評価)

3.0ペニスの所有と管理

2015年6月22日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

怖い

知的

核家族のペニスの管理権はその家のただ一人の主婦にある。このこととペニスの所有権をめぐる物語を映画では象徴的に描いている。
ペニスを所有する者とペニスの欠けた者の一対は非常にバランスが良い。持てる者と持たざる者の間には支配と依存という互恵関係が成立するからである。いわば3人称の存在しない世界である。
しかし、ペニスを所有する者が二人に対して、所有せざる者が一人の場合、その関係は成立しない。浮気相手から着信した携帯電話を奪い合うシーンで、ひっくり返ったイ・ウヌの白いパンツ(色気も何もない!)の股間が映し出されるのは、持たざる者の紹介に他ならない。
家庭内に3人称が生まれると、より安定的な互恵関係を求めてペニスは外部へ向かっていく。外へ向かうのが夫のペニスならば浮気となり、息子のものならばエディプスコンプレックスの克服となる。
しかし一方で、女は夫と息子のペニスの管理者でもある。そのためペニスを女の管轄外で使用することは許されない。だから、男が他所で浮気をした代償が去勢であることは、象徴的な意味で当然のことなのである。
悲劇は、女にとって夫のペニスと息子のペニスが等価であるということから始まる。等価であるということは入れ替え可能であるというであり、だからこそ映画の中で、夫のペニスを「確保」することに失敗した妻が、息子のペニスを切り取ることは自然なことなのだ。
息子のペニスを切断した母親は、さらにその切り取ったものを飲み込んでしまうことで永遠にそのペニスの持ち主となり、その家庭から消え去ってしまう。つまり、ペニスの所有権は息子から母親に移り、その新たな所有者が消えたことで、(ペニスを持つ)父親と(ペニスを持たない)息子という安定した関係が生まれる。しかも、この二人はペニスの所有権すら交替させるという強い絆を生む。
しかし、(ペニスを持つ)母親が帰ってくることでその関係は極めて簡単に壊れてしまうのだ。彼女の帰還をきっかけに、父親のペニスが失われた事実が、息子と母親に知れてしまう。そのため、先ほどの一対の安定した関係が失われ、またも不安定な3人称の関係が出現する。だからこそ息子の所有物となった(元父親の)ペニスは、元の浮気相手のもとへと再び向かうのだ。

と、この下手くそなエディプス論やジェンダー論の真似ごとを述べ連ねても、映画が、ペニスが人間の身体の一部であるという事実にかかわらず、その所有者や管理者にとってままならぬ存在であるという喜劇であることと、その喜劇が幕を閉じたときにはすっかりこの小心者の持ち物が極小に縮み上がっているほどの痛々しい映像満載だということのほうが重要である。
キム・ギドクの作品は面白いのだけれど、痛いのはもう少し手加減してくれないだろうか。今回は失神寸前だった。

佐分 利信