劇場公開日 2014年2月15日

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「静かに胸にせまる歴史絵巻」大統領の執事の涙 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5静かに胸にせまる歴史絵巻

2019年7月23日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

知的

尤も、本当に理解するには、USAの文化面も含んだ知識が必要。
 「俺は絶対やめないぞ」だけで表されるウォーターゲート事件。
 突然画面に現れる兵士の映像。ベトナム戦争。
 そして、差し込まれる当時のバラエティ番組。
 ひょっとしたら、バックミュージックも、当時を知る人ならその意味合いも一緒に感じ取れるのか?

”ニガー”と呼ばれた方々が経験してきた話を、政策とともに描く。
 端的に要点だけを映像化して、全体の流れを見せてくれる手腕は見事。
 でも、自分の勉強不足もあって、置いていかれている感が半端ない。
 見ているだけでも心が凍り付いたKKKの襲撃、
 実際の当時の映像も混ぜて描かれる斬撃等
 激しい差別が行われている一方で、
 ホワイトハウスで、要人の生活を支える役職に就く黒人たち。
 芸能分野で、時代を作り、世界を魅了している黒人たち。
 それでもの、制度としての差別を表現したいのか。
 ”あの”時代、否、USAの現実を肌で知らないことを思い知らされ、映画の中に入り込めない。壁一つ隔たれたところから絵巻を見せられているようで、もどかしい。

知識不足を感じたのは、時代観・生活感だけではない。
ホワイトハウス内でのセシルの位置にピンとこないのだ。
 ”執事”。
 日本では、室町時代では、将軍を補佐する最高職のことである。
 また、映画や漫画・アニメ、小説でのイメージだと、その家の家事や使用人を束ねる役目。使用人の中では、ハウス・スチュワードに次いでNo.2と認識していた。
 だから、映画の中で「黒人は出世できない」と言われてもピンとこない。「黒人は白人の給料の4割」とか言われても、JFKに挨拶していた職員は皆黒人で、出てきた白人職員は人事部長のような人だけだったし。
 上流・下流、勝ち組・負け組という言葉はピンと来ても、欧米での支配者層と被支配者層と、日本での感覚が違うからか、今ひとつピンとこない。

と、もどかしさがこみあげてくる。

それでも、短いエピソードの中にも、各大統領の人となりを描き出していて興味深い。

 自分の打ち出した政策がなかなか浸透しないことにいら立つアイゼンハワーをロビン・ウィリアムズ氏が端的に表現する。こんな表情のロビン氏は初めて見たような気がする。
 理想主義のお坊ちゃんを演じさせたら右に出るものがいないマースデン氏はJFK。ジャッキーの慟哭に胸が引き裂かれる。
 ジョンソンとニクソンは狂言回しか。
 セシルを重用したとされるレーガンとレーガン夫人の、一見相手を大切にしているように見せつつ、人を利用してはばからない様子に唖然とする。そりゃ、レーガンの時代に辞めたくなるよ。

 ただ、セシルと彼らの心の交流が台詞だけで語られるので、今一つ腑に落ちない。
 「君は国のために尽くしてくれた」レーガンが言う。寿命が縮むと言われる激務をこなす大統領が、その人なりの明晰な頭脳と心で、決断できるように、生活を整える。彼らがいたがからこそなしえられることであろうということはわかるが、そのなかでもセシルが特別なのはどういう点でなのか?
 もどかしい。

 ルイスを狂言回しとして、ホワイトハウスの外で起こっていることを並走して描き出すのだが、これもまた、上記のことも絡んで、記録映画のようになってしまった。

そんな絵巻の中で、翻弄される一つの典型として描かれる家族。
 ”あいつらの国”に間借りして、”あいつら”を恐れ、期待した父、
 ”あいつらの国”に自分たちの居場所を作ろうとした息子たち。
 権利を主張し行使する長男。
 ”あいつらの国”のやり方に組する(”あいつら”が始めた戦争に参加する)次男。
 その間に挟まれた母。
 そしていつしか…。

 そんなセシルを演じたウィテカー氏。セシルが一歩踏み出す様と『ケープタウン』を思い重ねると、感慨深い。
 そして次男を演じたケリー氏。『ヘアスプレー』を思い出す。
 グッディング・Jr.氏は、この重苦しい物語の中で、『ザ・エージェント』で見せた軽いノリと落ち着きとを見せて、おかしみと安定を与えてくれる。
 ハワード氏は『クラッシュ』で見せたインテリとは真逆の役。幅広い役者だ。
 レッドグレーヴさんは、『MI』や『ジュリエットからの手紙』とは全く違う、田舎の女地主主人を見せてくれる。

駆け足で巡る絵巻。
走馬灯のよう。
映画館で観た方が映画に集中できたのかもしれない。
家で見ると、ググりながら見たくなってしまう。
そんな風に、その奥に隠れている本当に大切なものを共有しきれないもどかしさが尾を引く。
浅学な私が悪いんだけどさ。

とみいじょん