劇場公開日 2013年6月15日

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「復讐であり贖罪」嘆きのピエタ 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5復讐であり贖罪

2023年5月10日
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「恨(ハン)」というナショナルな思考様式を文化的背景に持っていることも作用してか、復讐を主題に据えた韓国映画の力強さはマジですごい。点在する憎悪はやがて一振りのナイフへと研ぎ澄まされ、作品そのものに死というピリオドを穿つ。そこにカタルシスの恍惚はなく、どん詰まりの虚無感だけがある。

手ブレの多いざらついたカメラワークは復讐の自家中毒に陥った人々の錯乱ぶりを如実に示しており、小説で言うところの「信頼できない語り手」的な危うさが物語のサスペンス性をさらに倍加する。その間断に挟まれる緻密で正統的なロングショットはさながら宗教画のような崇高性と啓示性を湛えている。特にラストシーン、夜明けの幹線道路を走る軽トラックが血の轍を描き出すシーンは美しいほどに悲劇的だ。

ピエタとは聖母子像の一種で、磔刑に処され事切れたキリストを抱え上げる聖母マリアの彫刻や絵画を指す。しかし本作では孤独なキリストを抱え上げるはずのマリアは彼より先に没し、残されたキリストは自らに注がれるはずだった哀れみと慈愛を求め亡霊のように彷徨う。彼が自分に(間接的にではあるが)引導を渡してくれる相手として、自分がかつて不具にした男の妻を選ぶあたり、彼がいかに母性に飢えていたかが窺い知れるというものだ。

冷酷に他者を傷つけ時には命まで奪ってきた男が女性蔑視の一形態に過ぎない母性神話に縋り付いた果てに悲惨な末路を辿る、という流れは社会倫理的に考えて至極当然の因果だ。しかし土の上に頭を擦り付けながら「母さんだけは助けてくれ」と叫び続ける彼の姿を見た女が「彼も可哀想」と涙を流す一幕には、折り目正しい社会倫理では掬いきれない個人倫理の儚い燐光が煌めいている。女の自殺は、男に自分の本当の息子を殺されたことへの復讐でもあり、同時に自分を本当の母と信じて泣き叫ぶ男への贖罪でもあったのではないかと思う。しかしそれが結果的に彼の命を奪う契機になってしまったというのがこの上なく悲痛だ。

因果