劇場公開日 1958年4月22日

「戦前と戦後を比べることで、日本映画から何か奪われたのか?分かる名作でもある」無法松の一生(1958) ミラーズさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0戦前と戦後を比べることで、日本映画から何か奪われたのか?分かる名作でもある

2023年3月25日
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鑑賞方法:映画館

午前10時の映画祭で、稲垣浩監督の名作『無法松の一生』を戦前と戦後版を同時期に公開する粋な計らいがあり連続鑑賞。

1943年の戦前版は、製作会社が当時の大映になり監督と脚本は稲垣浩と伊丹万作になるが、主演はサイレントの頃からのスターでもある坂東妻三郎の代表作の一つになっている

1958年の戦戦後版は、製作会社が東宝になり監督と脚本は、同じ稲垣浩と伊丹万作になるが、主演は東宝のスターでもある三船敏郎になり撮影もカラーシネマスコープでロケ撮影にも凝ってエキストラも何気に大量導入した大作に近い。

有名な話ではあるが、戦前版は当時の内務省の検閲によって不適合と思われる部分をカットされており更に戦後に日本を占領したGHQからも検閲を受けて完成版から約18分程削除され短くなっている。
(自由の無い恐ろしい時代の証言でもある)
今回の上映ではその経緯も、含めた短編ドキュメンタリー最初に公開されるのも嬉しい。

個人的には戦前版の撮影を担当した宮川一夫の絵図作りに魅了されたのだが、なんと言っても、松が最後にみる走馬灯の場面は、複雑な多重露光を、繊細なカット割で美しく幻想的に仕上げて絵画にも劣らない出来映えであり、その点は戦後版のカラーの色鮮やかさを活かした冒頭の彩とりどりの小物やお菓子をタイトルバックに魅せるのも良いが、走馬灯部分は、多重のほかにネガの反転処理など導入して非現実性を強調してるが、その後に多くの作品に安易な形で多用された手法でもあり、やはり戦前の方が鋭く色褪せない(モノクロだけどね)

それ以外の撮影場面でも、凧を絡ませて途方に暮れているボンを見かねて仕事そっちのけで助け舟を出すと乗客が怒る一連の場面は、普通より動きが、車輪の回転なども含めゆったりとした絶妙なスロー感な動きになっており何処か夢心地な空間に誘われる描写があり目を引く。

松が子供の頃に父親を訪ねて森を歩く場面は、戦前版だけ観ると夜道に見えず、昼間に撮影されたのが、丸分かりだが当時の撮影条件や技術を考慮して戦後版も比較すると、明らか戦後版の方が暗い森になっており分かり易いが、幻想的にに森に現れる怪物達は、多重露光を使った戦前版の方が、風貌も含め不気味だと思う。

カメラワークなども冒頭は近い動きをしているが、戦後版の撮影を担当した山田一夫のオーソドックスで安定した職人技で健闘しているが、比較するとやはり物足りない。(宮川一夫は亡くなるまで頑なに戦後版を見なかったそうです)

配役はどちらも適材適所だが、戦後版は東宝映画なので、見慣れ人ならやや定番過ぎて新鮮味は薄いかも。未亡人役も実力も人気も申し分ない高峰秀子は見事な演技だが個人に幼さもあり可愛い過ぎる印象で、戦前版の園井恵子のしっとりとした色香も含め素晴らしい。(彼女はそのあとに巡業先の広島で原爆の犠牲者になり早逝された…作品に起きた戦争による悲劇もそうだが、本当に現実の戦争は善悪を問わずろくなモノではない)

結城組の親分は、迫力ある佇まいも含め断然戦前の月形龍之介だと思う。戦後版も志村喬あたりならまた違うかもしれませんが。

見せ場でもある太鼓打ちの場面は、戦後版の方が録音などの音響面の助けもあるかもしれないが分かりやすい。

それを踏まえて作品を観ても、どちらも優劣を付け難いくらいに素晴らしく、日本映画の名作として多くの人に観てもらいたい。

とにかく戦前版の時代を超えた優美さにウットリして、検閲から解き放たれた戦後版は、わかりやすいドラマになっておりどちら共に観るをオススメしたい。

ミラーズ