劇場公開日 2012年5月18日

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「ハワイという非日常のリゾート空間でホームドラマをドラマを包み込むと、既視感たっぷりの日常が新鮮に見えてくるから不思議です。」ファミリー・ツリー 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0ハワイという非日常のリゾート空間でホームドラマをドラマを包み込むと、既視感たっぷりの日常が新鮮に見えてくるから不思議です。

2012年5月9日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 『サイドウェイ』も傑作でしたが、リゾートを上手く隠し味にする舞台とした人間模様を描かせるとアレクサンダー監督の手腕が冴えます。
 たいした事件が起こる訳でもなく、妻の事故をきっかけに家族の絆が深まるという典型的なホームドラマのパターンとしては既視感たっぷりの作品。けれどもハワイという非日常のリゾート空間でホームドラマをドラマを包み込むと、既視感たっぷりの日常が新鮮に見えてくるから不思議です。主人公のマットは、そんなハワイに対する幻想を抱いていた独りでした。先祖伝来の土地であるハワイに移住すれば、毎日がパラダイスでサーフィン三昧だと。ところが誰もが羨むハワイ暮らしも、住んでしまえば、他と変わらぬ多忙な日常があり、マッドは一度もサーフィンを楽しむことはなかったのでした。
 そんな出だしから始まる本作は、傍目にはどこか浮世離れしたハワイ暮らしに見えるのに、都会と変わらないバラバラにこころが離れてしまった家族模様が描かれるというミスマッチの面白さが上手く表現されているのです。

 ミスマッチの面白さをさらに巧みな脚本がもり立てていきます。本作最大のヤマ場は、妻の浮気。仕事人間だったマットは、妻と会話する時間すら惜しんだ結果、妻が浮気していることにも気がつかずにいました。娘から知らされて、相手の男を突き止めたのは、いいのですが、問題は落し所。予想外の顛末で、妻の浮気をさばく気持ちを一発でおさめるエピソードを挿入。見ている観客もすっきりした気分でラストにつないでいった展開はなかなかのものでした。

 そして前評判の高かったクリーニーの演技は、想像以上で驚きました。『スーパー・チューズデイ』を見たばっかりだったので、あのダンディでカリスマのあるスターが、普通のダメなおっさんに大変身しているではありませんか。にわか仕立てに伊達男が、娘たちになじられるダメパパを演じても、普通は凄く違和感を感じてしまうことでしょう。でも今回のクルーニーは、全く違和感ないぐらいの「冴えなさ」なんですね。
 仏教でも、一番の神通力は漏神通力といって、市中で超能力者と見破れなく、その神通力やカリスマ性を完全に押さえ込んで普通に暮らす力を身につけることが、最も難しいとされています。
 クリーニーほどのカリスマが、凡人に成りきるということは、かなり難しく、少しでも油断すると、かっこいい所作や顔つきが滲み出てしまいがちなものです。それを微塵にも感じさせないというのは、凄いことです。

 そんなクリーニーのダメパパぶりに強烈な突っ込みを喰らわす長女アレックスの役どころも新鮮でした。当初は、凄く親に反抗的な態度で登場するアレックスの母親の事故と死の予告を聞いて時見せる複雑な悲しみ方の演技には、感動しました。演じているシャイリーンはきっと大女優になっていくことでしょう。アレックスが見せる悲しみと怒りの複雑な表情と反抗的な態度は、彼女が母親の浮気現場を目撃したという告白で、イメージが一変しました。単なる不良ではなく、愛していた母親が、よりにも寄ってクリスマスという大事な日に家族を裏切って浮気に走ったこと。そして、それを誰にも語ることができず、むずっと小さな胸を痛めていたこと。そんなアレックスの苦しみに触れるとき、なんて純粋な心を持った少女なんだろうとこころ打たれました。

 アレックスが苦しい身のうちを語れずじまいに終わるほど、マットは家庭を放り投げて、仕事に打ち込んでいたのでした、10歳の次女スコッティとは3歳の時から話したこともないという徹底ぶり。だからいきなりスコッティの子育てにかかわらず得なくなったマットの狼狽ぶりは傑作。おもわず笑ってしまうシーンが続出でした。

 そんな崩壊していた家族の距離感が、徐々に変わっていく描写が素敵です。浮気相手のスピアーなる人物が滞在しているカウアイ島へ向かうところでは、ちょっとしたロードムービー仕立てになっているのですが、一緒に行動し触れあう中でマッドと娘たちの違和感がなくなり、普通の親子の見えるように変わっていたのです。
 そしてラストのワンショットでは、仲のいい親子関係が、ちょっとした動作でシンボリック描かれて、見ている方も後味よく見終えることが出来ました。家族の気持ちの変化を鳴り物入りにせず自然な流れの中で描かれているところにとても共感します。

 ところで本作にはマッドの頭を悩ますもう一つの大きな問題として、一族が所有するカウアイ島の広大な土地の処分問題がありました。アメリカの土地制度は詳しくありませんが、信託されている権利はあと7年で無効となる設定。不動産に詳しい弁護士をしていたマッドが代表となって、一族の意見をとりまとめて最終決定を下す責任者となっていたのでした。本編スタートして、なんで土地問題という伏線を用意していたのか謎でした。
 ところが後半、妻の浮気相手のスピアーが不動産業者であり、マッドたちの土地売却に関わっていたことが発覚。マッドの土地売却の最終決断を微妙に悩ませるという絡ませ方に、そうきたか!と納得しました。マッドの「スピアーは妻を愛していなかった」とスピアーの妻に告げるひと言が意味深です。(スピアーが接近してきた目的を考えてみましょう)

 マッドの最終決定は、カウアイ島の自然に触れ家族への愛やつながりを強調するもの。その辺に、自らを左翼といってはばからない人権・環境派のクルーニーの面目躍如たるこだわりを感じました。

 それにしても浮気相手の滞在先に討ち入りするという生々しい話。本来はドロドロとした愛憎が蠢くところなのに、ハワイの美しい風景と、軽やかなウクレレのサントラが軽妙なタッチのコメディに昇華させてしまう(^^ゞまるで魔法にかけられたように、観客もすっきりこころの浄化になっちゃう、素敵なヒューマンドラマでした。

 作品評価として、もし『アーチスト』の公開が来年だったら、今年の作品賞は本作が取っていてもおかしくないくらいの傑作です。普段SFしか見ない人でも、本作で癒されてください。

流山の小地蔵