劇場公開日 2012年11月3日

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「どんなに辛いときも、みんなで歌った「かなりあ」がきっと支えになるはずだと思えたのです。」北のカナリアたち 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0どんなに辛いときも、みんなで歌った「かなりあ」がきっと支えになるはずだと思えたのです。

2012年10月30日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 東映60周年に引っかけて、どうせ吉永小百合をよく見せるだけの企画だろうと、全く期待しないで試写会に参加しました。ところが、会場ではあちこちからすすり泣く声。吉永小百合の存在感を超越して、観客の誰もが原作の湊かなえが描き出す世界観にすっかりはまってしまい、深い感動を感じてしまったのです。今年一番の泣ける映画として特選しておきます。

 長い女優人生のなかでも、吉永小百合主演のサスペンスは珍しいと思います。本作は主人公の元教員川島はるが抱えていたこころの秘密を、まるでサスペンスドラマのように、現在と過去を行き来しながら、明かしていきます。
 舞台となるのは礼文島の岬の突端に立つ分校。目前にそびえる利尻島の利尻冨士を背景とした雄大な映像美は、それだけでこの物語をドラマアップしていました。はるが現役の教員だった頃の6人の生徒と触れあうシーンは、夏場の快活な風景に。そして、厳しい現実と立ち向かっていくことになる現在の映像は、厳寒期の荒涼とした雪景色に。この対比を見ていくと、これ一本が吉永小百合の女優人生を言い表しているような気がしました。

 夏場の過去のシーンは、『青い山脈』に代表される青春映画に主演したころの作品とイメージが重なり、ました。そして厳冬期に描かれる現在のシーンは、『夢千代日記』など、最近の人生の荒波を渡っていく彼女の主演作品を彷彿させてくれました。でも序盤は斜めに見てしまったのです。けれども、はるの教員時代と老境を迎えた現在の約20年もの段差を、違和感なく演じてしまう小百合の爽やかな変身ぶり!この人はまだまだ現役の大女優なんだ!熟々感心させられたのです。
  なので、世のサユリストの皆さまには、こころからお詫びしたいと思います。吉永小百合は、ミーハーに持ち上げられた存在だけでなく、その人気はしっかりした演技力とオーラに包まれていたことを、本作で再認識いたしました。

 物語は、東京の図書館を定年退職したはるのもとに、刑事が訪れるところから始まります。刑事は分校で6人の教え子のうちの1人・鈴木信人が殺人事件を起こし指名手配となったことを、はるに告げます。
 信人を信じたいはるは、確証を得るために北海道へと渡り、20年ぶりに教え子たちを訪ねて信人の身辺に起こった出来事を聞き出そうとします。その度ごとに、映像は20年前の出来事が再現されていくのでした。

 当初のはるの描かれ方は、20年前に教え子たちの身の上に降りかかった出来事の案内役のような役割であり、信人の冤罪が晴らされていく展開かなと思ったら、違っていきました。
 当時のことが明かされるごとに、次第に濃くなっていくのは、なぜはるが教師を辞めて、住民たちの白眼視に、追われるように島を立ち去ったかという謎です。
 それは、はるの夫が事故死ししたとき、何処かで別な男と密会していたのではないかという不倫疑惑でマックスに達します。

 さらに不思議なのは、教え子の誰もが、過去を振り返って、行夫が溺れ死んだ事故は、自分の責任だというのです。行夫の死は、はるだけでなく教え子のひとりひとりに、悔恨の傷跡を残していたのでした。けれども、教え子たちの証言が積み重なっていく中で、真相が見え始めて、それぞれの曇りは晴れていきます。
 教え子たちのその後の人生にも、波乱万丈で、ちゃんと毒や喪失感を埋め込んでいるところが、さすが湊かなえ原作だなと感じました。
 特に真奈美が親友の夫と不倫していることを告白するシーンは、衝撃的。そんな真奈美がはるの言葉に癒されてしまうのも、もしかしてはるが同類ゆえのものかと思えました。
 同窓生の20年ぶりの再会は、恋も生まれたりで多彩に。やがて6人の打ち明け話が進むことにより、はるが封印してきたこころの秘密が見え始めます。

 はるが疑われたのは、警察官だった阿部の存在。原作では郵送されてくる阿部からの手紙が一層ミステリアス役割を果たしているのでご一読を。
 ふたりが出会ったのは、自殺しようとした阿部をはるが思い留めさせたためでした。阿部は犯人を取り逃がしただけでなく、追い詰めた結果、犠牲者まで出てしまい深い責任感で、生きる気力を無くしていたのです。出会って以来、はるは阿部が死なないように、ずっと寄りそっていたのでした。そんなはるの何事にも献身的な性格が、阿部を支える感情が不倫なのか、人間愛なのか教え子たちの証言でもにわかにはっきりしません。
 結論は伏せます。ただはっきりしていることは、末期ガンに冒され余命幾ばくもない夫の行夫は、ふたりの親密さに気付いていたことです。そればかりか、自分の死後を阿部に託そうとまで考えていたのです。
 溺死する寸前に行夫が放ったラストメッセージには、グッときましたね。最愛の夫の最期にそばにいなかったはるにとって、教え子から聞き出した行夫の最後のメッセージには、ただただ泣き崩れるしかありませんでした。なんという行夫の抱擁力の大きさなんでしょう!

 ところで、原題は「二十年後の宿題」。何が宿題だったかというと、童謡「かなりあ」を課題曲として、授業でみんなで合唱することでした。教え子たちに歌の才能があることを気付いたはるは、赴任中ずっと教え子たちに合唱指導してきたのです。6人の歌声は素晴らしいハーモニーとなって、島の美しい風景とこだましあい、希望ある未来を描きだしていました。それは20年経っても変わらなかったのです。

 あいにく「かなりあ」の合唱は、はるが突然島を去ってしまったので、宿題のままで終わってしまいました。そのことを一番気にしていたのが、逃げていた信人でした。信人が捕まったとき、刑事の恩情で、思い出の分校に立寄ることになります。
 そこには、何とはると教え子たちが揃っていて、20年ぶりに宿題だった「かなりあ」をみんなで合唱するのです。感激して涙する信人には、思わずもらい泣きしてしまいました。
 ずっと信人は、カナリアは何を忘れたか気になっていたとはるに告げます。それは、希望なのよと、はるは答えます。夫の真意に気付いたはるにとっても、歌を忘れたカナリアの意味は感慨深いものがあったでしょう。
 それ以上に感動したのは、20年の歳月を超えて、歌でつながっている6人の教え子と恩師の絆の深さです。みんなこれからも様々な宿命を背負って生きていかなければならないでしょう。どんなに辛いときも、みんなで歌った「かなりあ」がきっと支えになるはずだと思えたのです。

 本作では、主演の吉永小百合の熱演だけでなく、脇役も味わいある演技を披露しています。妻に対する複雑な思いと末期ガン悲壮感を説得力ある演技で見せ付けた柴田恭兵が良かったです。そして出演場面は少ないものの、キイマンとなる阿部の今にも死にそうな悲壮感を仲村トオルがうまく表現していました。包容力に満ちたはるの父親堀田久を演じた里見浩太朗も良かったと思います。

 演出面では、教え子の20年後の配役と当時の子役の個性がちゃんと繋がっているところが素晴らしいです。
 そして、一番感動したのは、名カメラマン木村大作による圧倒的な映像美です。海面が照らされて、部分的に輝く、はると阿部の出会うシーンには、ハッとさせられました。

流山の小地蔵