劇場公開日 2007年11月3日

「ヒッピー文化の行き止まりを示した、侮れない佳作だ」ラ・ヴァレ あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0ヒッピー文化の行き止まりを示した、侮れない佳作だ

2019年2月22日
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鑑賞方法:DVD/BD

ピンクフロイドのファンとしては、クレジットされている以上観ないわけにはいかない
バルベ・シュローデル監督のモアに続く第二作
前作が厳しかったので覚悟してみたが、意外に侮れない佳作であった

まず、ピンクフロイドだが冒頭のプロローグでの音楽が本作の世界観を見事に表現しており、デイブ・ギルモアのギターかこれぞピンクフロイドという音を聴かせる
ニック・メイスンとロジャー・ウォーターズも、そのギターを心地よい催眠性のあるリズムを繰り返す
本作の試写を観て彼らが映画用に録音したもの
1972年公開だから、「おっせかい」発表後、箱根アフロディーテでの伝説の来日公演のすぐ後くらいになる
音的にも似た雰囲気を持っている
ただ、そのプロローグの他はBGM的な残念な使われ方をしており決して彼らの音楽をメインには扱ってくれないし、そもそも後半には音楽すら無い
彼らの音楽目当てに観るなら相当な彼らのファンで無いと厳しい

さて肝心の映画の内容だ
主人公はフランス領事の若い夫人
エマニエル夫人の原作小説の1年後の作品なので、それが元ネタかも知れない
その意味ではエマニエル夫人と姉妹関係の作品になるかもしれないし、実際中盤までは物語も似ている
第一、主人公の女優までシルビア・クリステルと同系統の細く子供ぼいモデル体型の女性なのだ

だがテーマは全く違う
女性の性の解放ではなく、人間性の楽園を求めさ迷うモーゼの出エジプト記であり、旧約聖書の物語になぞらえたヒッピー文化の行き止まりがテーマだ

出てくるフランス人の仲間はみなロックバント風の風体をしており、そのキャンプはヒッピー風のフリーセックスと化す
パプアニューギニアの原住民族の文化や習俗を活写し、そこに人間の原初から持っていたはずのエネルギーと純粋さを、西洋文明に生きる人間との対比で、ヒッピー文化が探し求めていた楽園を映像で実際に提示してみせる

原住民族の撮影のカメラは差別意識は微塵もなく、ありのままに写し撮っている

しかし、監督は登場人物に、彼らの社会が素朴で素晴らしい、ここに真実があるとの感想なぞ、観光客の視点に過ぎないと語らせる
彼らの社会には彼らなりの社会の厳しさがあると
未開だから楽園の社会だと同一視すべきでないと語らせるのだ

楽園に暮らしていたアダムとイブは未開であった
蛇にそそのかれてイブが知恵の実を食べたから文明社会が生まれたのだ

監督は酩酊状態の主人公の女性に蛇をもて遊ばせて、体に巻き付かせてみせる

そして、ついに一行が楽園を探しあてその先に見える黒い山の稜線
それはモーゼが十戒を授けられたシナイ山に良く似た山の形なのだ

文明人に無垢な心など持ちようがない
楽園に出口は多いが入口などない
知恵は得られても追放されれば終わり
知恵のあるままの自分でいるためには、今までの自分でいるしかない
そう登場人物に語らせるのだ

そうヒッピー文化が探し求めた全てが自由な精神の世界など無い
そんなものはこの探し回った前人未到の谷のように、ようやく探しあてそこに辿り着いても文明人であるからにはそこには暮らせないのだ

つまり本作はそれをもって、ヒッピー文化の行き止まりを宣言しているのだ
1972年の段階なのだからその結論への極めて早い到達だ
欧州におけるヒッピー文化の真っ只中にいた監督だからこそそこにいち早く到達したのだろう

退屈せず最後まで楽しめる佳作だと思う

あき240