劇場公開日 2010年12月18日

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「ブラックコーヒーは、胃にもたれるから」海炭市叙景 ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5ブラックコーヒーは、胃にもたれるから

2011年3月14日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

幸せ

「フリージア」の熊切和嘉監督が、芥川賞に幾度もノミネートされながら、遂に日の目を見なかった不遇の作家、佐藤泰志の同名小説を映画化した群像劇。

ひどく、居心地の悪い作品である。

本作に登場する人間たちは、同様に「失速」している。町の衰退に伴い、仕事を失って途方に暮れる兄妹。住み慣れた家からの立ち退きを迫られている老婆。後妻との関係、不倫に悩む男、そして未来の見えない若い男。

彼等を見つめる視線は徹底的に突き放した姿勢を貫き、中途半端な折り合いや、妥協を許さない。容赦なく、海の底に突き落とされたような苦しみが物語に充満している。

まるで、飲み屋で酒に酔った親父殿に絡まれ、「ふざけんなよな~あの野郎・・」と仕事の愚痴を延々と聞かされる倦怠感。それでも、この物語が観客を惹きつける魅力をもつのは、絶望の中にささやかに振り掛けられたユーモアと、調子っぱずれの音楽の力だ。

音楽は、ジム・オルーク。繊細に描かれる遠景や衝突の場面に、ふわふわ、ゆらゆらした不協和音。一気に心が砕かれるような痛みが残るはずなのに、そこには安心感と、気持ち良さが同居している。この、柔らかさには大いに助けられる。

そして、ユーモア。「くじらイルカ占い」・・何をしたいのか分からない占いを唐突に挟み込んでみたり、夜も更けたバーでくだらない話にて甲高く盛り上がるお姉さま。ちょっと、吹き出してしまう。絶妙なタイミングで「?」を盛り付け、観客の心をゆるりと解いてくれる。

きっと、私達の人生だってこんな感じなんだろう。苦しかったり、辛いことはいくらでもある。でも、きっとゆるりと切り抜けられるはずだ。そんな小さな希望と幸せを、力強く信じている作り手の想いが滲み出て、嬉しくなる。

やはり、居心地は悪い映画である。ブラックコーヒーを飲み干したようないがいがする感じ。でも、そこに気付かないほどに入れられた砂糖が、心地良い映画でもある。苦いだけでは胃にもたれるから、少しの甘さが欲しい。そんな願いを、作り手は重々理解してくれているようだ。やっぱり、嬉しい。

ダックス奮闘{ふんとう}