劇場公開日 2011年4月29日

「劇場で、嘘くさ~いとダメだししながら、じわ~りと涙をたっぷりお流しくださいませませ。」阪急電車 片道15分の奇跡 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0劇場で、嘘くさ~いとダメだししながら、じわ~りと涙をたっぷりお流しくださいませませ。

2011年5月24日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 宝塚~西宮北口間を約15分で走る、
 えんじ色の車体にレトロな内装の阪急今津線。
 その電車に、さまざまな“愛”に悩み、
 やりきれない気持ちを抱えながら、
 偶然乗り合わせただけの乗客たちがいた
 まずは、プロローグが記録的に長いのです。主要登場人物が各駅ごと1名ずつ八駅八名。登場するごとに人物紹介していくので、全員紹介し終わるまでに30分もかかりました。 こんな展開で、どう収束するのか気になりましたが、関西テレビの社員監督さんは、見事に8名が絡んでいく話を紡ぎ上げ、感動のラストを作り上げたのです。
 こういう主人公が複数のオムニバス的な作品は、今までいいと思ったことがありませんでした。『いぬのえいが2』は単なる羅列だし、洋画の『ニューヨーク、アイラブユー』では、各エピソードの終わりの登場人物が、次の話にちょこっと登場するだけで、どれも話として物足りなさを感じてしまっていたからです。
 本作もパスしていましたが、マイミクさんの熱心なお勧めで、劇場で見てきました。そんなに深い話ではないのですが、こう~じわぁぁぁっと心の琴線にふれてくる登場人物の演技に次第に涙腺が緩んでしまい、涙があふれて止まらなくなってしまいました。
 作品レビューの多くは、電車の中で乗客同士がこんなに濃く混じり合うなんて、嘘くさいとの酷評が蔓延しています。しかし、一つ一つのエピソードは、あり得ない話ではありません。それを2時間のドラマに凝縮してしまうと、嘘くさく感じててしまうのも無理ではありません。でもでも、そんな嘘くささを超えて、宮本信子や中谷美紀の名演技に引き込まれ、思わず映画の虚構の世界で感動してしまったのでした。

 ホントに長ーいプロローグのあと、語られる中谷美紀のナレーション。とても素敵でした。
 「こんなにたくさんの人々の中で生きていても、名前も知らない人たちは私の人生に何の影響ももたらさないし、私の人生も誰にもなんの影響も与えない。世界なんてそうやって成り立っているんだ………そう思っていた。」
 映像は、道行く数多くの群衆のなかで、中谷演ずる高瀬翔子が孤立し、観客に語りかけるスタイルです。沢山の人に囲まれて暮らす都会に住む刹那を淡々と語りかけてくるのでした。しかし、そんな翔子の心を癒すかのように、映画は偶然に乗り合わせた乗客たちが、少しずつ影響し合い、運命を変えていく様子を描きます。まるで仏教で言う、人と人とは仏性で無意識に繋がっているのだということを、分かりやすく語りかけるかのように。
 都会で暮らしていると、隣の人の顔さえ知らないのが普通です。でも、その見ず知らずの人が、落ち込んでいる人や困っている人を、突如労ってくれたら、どんなに救いになることでしょうか。たとえ嘘くさくても、こんな話があったらいいなぁと思わせてくれるところに、まぁ涙が滲み出てくる秘密があるのでしょうか。

 いい話は、いっぱい出てきます。なかでも名演技なのは宮本信子演じる萩原時江。原作でも神かがっていましたが、超能力として思えないくらいの洞察力で、中谷美紀演じる翔子の事情を見抜いて、悩みを聞き出そうとします。翔子は、ほぼウェディングドレスと見まごう衣装で、婚約者を略奪された腹いせに、結婚式へ「討ち入り」に参加した帰りでした。事情を聞いた時江は、ひと言「いい気味」と言ってのけます。そして「気の済むまで怨みなさい。それまで同じ職場に居続けなさい。」とも。
 人生の機微も重ねた風格のある時江の言葉だから、重みを感じます。まして「あなたの思ったとおりで、いいのよ」と思いもかけない言葉を、赤の他人から言われると、どんなに自分が救われるものでしょうか。往々にして知人からは、「復讐なんか止めて、諦めるべきだ」と言われるのがオチですもんね。そんな言葉なんかよりかわですよ!
 ああ!文字数の制約で触れられないのが残念至極。でも、このやりとりに先立つ、時江と天才子役の芦田愛菜演じる孫の亜美との、「なぜ犬を飼うことができないの」というやりとりも絶妙でした。

 時江によって気づかされた翔子は、恩返しをするかのように、電車や駅で出会った人を助けていきます。ひとりの人が、ささやかでも幸福のタマゴを産み落としていくと、ピーヒーと幸福のヒヨコが孵っていき、周りのひとの心も幸福に染めていくのですね。
 そして、時江に勧められて小林駅で途中下車した、翔子は人の息づかいが漂う街の魅力に惹かれていきます。このシーンを見ていると、婚約者を寝取られた恨み心では、絶対にこの街の素晴らしさを感じ取ることなんて難しかっただろうと思うのです。でも時江のひと言で、くるりと人生観を変えてしまった翔子にとって、駅に飾られた子供の絵を見ただけでも幸福感がこみ編み上げてくるのでした。幸福な感じって、与えられるのを待ってても、悲しいことばかり続くもんですね。翔子のように、自分から小さな幸福に気付いていかないと、人はずっと幸福になれないものなのかもしれないなぁ~と感じさせられるシーンでした。

 その翔子が、恋人から暴力を受けている戸田恵梨香演じるミサと関わるところや、同級生からいじめに遭っている少女と関わるところも、じわ~と泣けてくる名場面が続きます。
 その他に、女子高生の悦子から、恋人の竜太がエッチに誘われたとき、一見アホキャラの竜太が毅然と「お前にとって最高にいいと言える日にしたいんだ」と、きっぱり撥ね付ける台詞にもグッときましたね。

 谷村美月が演じる女子大生の美帆と勝地涼が演じる同じ学校の圭一は、それぞれ学友がどん引きするくらいの野草オタクに軍事オタク。そんなオタク同士の純朴な好奇心が寄り添う姿は、可笑しくもあり、なかなか素敵です。特に美月ちゃん、可愛いですぅ~(^^ゞ
 こんなふたりのクリスマスの夜のエピソードは、微笑ましく思えました。友人から美帆へ贈られてきたプレゼントの中身は、何とコンドーム。ふたりは赤面しつつも、神妙な面持ちで、圭一がせっかくだからそれを使わない?と切り出します。すると、これまた恐る恐る正座に組み替えた美帆が、御直をしながら、よろしくお願いしますと神妙に答えるところが、何とも二人らしいなぁと笑えました。
 ちょっとシリアスになりかねないこんなシーンも、『のだめカンタービレ』のような感情をアニメで表現するした映像が加わるので、一段とユーモラスに伝わってくる洒脱さがこの作品の持ち味でしょう。

 最後に人助けばかりの印象の強かった時江でしたが、そんな時江も電車の中で出会いが用意されています。きっと孫の亜美と共に、ヤッタね!と思わず心の中でVサインしてしまうことでしょう。

 往路は10月の設定で8駅8話で伏線を張り、春になる3月の復路8駅8話で完璧に伏線を回収する形式のお話。全部をご紹介できないのがとても残念です。あとは劇場で、「嘘くさ~い!」とダメだししながら、じわ~りと涙をたっぷりお流しくださいませませ。

 エンドロールには、劇中に登場しなかったシーンも登場。その意味するものにご注目を!

追伸
 スタッフ・出演者の殆どが阪急電車沿線ないし、居住体験のある人ばかりが選ばれています。そんなこだわりが画面から滲み出ていましたね。愛菜ちゃんも西宮市出身です!

流山の小地蔵