劇場公開日 2011年5月28日

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「映画だからこそ成し得る奇跡」マイ・バック・ページ cmaさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5映画だからこそ成し得る奇跡

2011年9月23日
フィーチャーフォンから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

知的

この本を、どうやって映画にするんだろう?
…大好きかつ信頼する監督・脚本家・プロデューサーによる、尊敬する文筆家の著作が映画化されると聞き、原作本をさっそく読んだ直後の感想だ。全体に流れる空気は同じでも、駆け出し記者であった著者の回想録(元々は雑誌連載)だけに内容多岐に及び、映画としてまとめ上げようとすれば、こぼれ落ちるものが多すぎる気がした。けれども、彼らならば、きっと。そんな気持ちで、映画公開に期待を膨らませていた。…そして、その期待は裏切られることなく、それ以上のものを見せてくれた。
なんといっても秀逸なのは、映画にふさわしい(映画にしかできない)幕切れだ。特ダネを追っていたはずの主人公・沢田は、抜き差しならない挫折を味わい、思想・政治活動であったはずの殺人は犯罪事件として泥沼に陥った。…それから数年。就職浪人するほど憧れていたジャーナリズムから沢田は遠ざかり、かつて否定した「泣く男」が登場する映画を生業とするようになっている。
そんな彼が果たした、思いがけない再会。かつて記者であることを隠して生活を共にした男は、今も彼を疑うことなく懐に招き入れる。偽り、欺く傍観者であった彼は、いつしか偽られ、欺かれていたのだが…。
ジャック・ニコルソンばりに泣きじゃくる主人公を、画面一杯の光が包み込むかのような唯一かつ一瞬のホワイトスクリーンは、映画だけがなし得る奇跡だ。暗転による場面展開と黒地に白い文字でのクレジットに統一された構成が醸し出す寡黙さと、煙草の煙で淀んだ空気(今では考えられないほど、皆揃って煙草を吸いまくる。とにかくふかさずにいられない、そんな脅迫的なものさえ感じる。)が、その瞬間、晴れた。
とめどなく溢れ、ただただ流れる彼の涙は、美しくもせつなくもなく、(少なくとも私には)センチメンタルさも感じられなかった。それでいて、沢田が全身で泣く姿はとにかく忘れ難く、映画ならではの感情を観る者に掻き立てる。

映画、原作。それぞれを存分に味わってほしい、深みある作品だ。

cma