劇場公開日 2010年12月25日

  • 予告編を見る

「主役にも内緒で、サッカーのスーパースターが本人役で登場するところが面白かったです。」エリックを探して 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0主役にも内緒で、サッカーのスーパースターが本人役で登場するところが面白かったです。

2010年12月18日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 前作の移民問題を扱った『この自由な世界で』、そして各賞を総なめにした反戦映画『麦の穂を揺らす風』など、イギリスを越えて世界的な社会派作品の巨匠ケン・ローチ監督が、こんなハッピーエンドなコメディ作品を手掛けたことが驚きでした。

 そしてもう一つの驚きは、本作で登場するユーロ・サッカーのスーパースター、エリック・カントナを誰が演じているのだろうか、なかなかいい演技じゃないのと見ていて、ラストのクレジットをびっくり、なんと本人が本人役で出演しているのです。
 天才はサッカーだけでなく、演技をさせても上手なのでしょうか。それとも圧倒的なカリスマゆえに、普通に語っても絵になるのでしょうか。
 とにかく、ユーロ・サッカーのファンだったら、あのカントナがカメオ出演でなく、フル出演していてるというだけで、びっくりして本作に興味を持つことでしょう。

 しかし劇中では、カントナはあくまで主人公のエリックのイメージの産物として登場するだけです。でも、主人公のエリックにとって、本物のエリックと会って語り合って、色々アドバイスしてもらっていると感じていたのでした。カントナのイメージを借りたエリックの自己暗示は功を奏し、前半のダメダメ人間から、仲間の力も借りながら自分で逆境を切り開く、積極的な人間へ自己変革していったのでした。

 それにしても、カントナの登場場面は要注目。ローチ監督のサプライズ作戦で、なんと主役のスティーヴにカントナ本人が出演することを内緒にしていたのです。本番の撮影が始まり、スティーヴがカントナの等身大のポスターに向かっている隙に、まさに本編通りに、カントナが彼の背後に立って話し始めたから、何も知らされてないスティーヴは、びっくり仰天!画面に出ている表情は、ガチなんですね。

 本作は、サッカーをきっかけとしつつも、主人公が勇気をもって人生に立ち向かう様を描いた人間ドラマです。サッカーが今までにない形で、人々の絆をもたらし、人間ドラマに結びつけてしまう展開にしてしまう点については、試写会に来られたスポーツ評論家の二宮清純氏も、「こんな形で結びつくのか」と意外さを強調されておられました。

 さてストーリーは、冒頭郵便局員をしている主人公のエリックの情けない姿が延々と綴られていきます。
 エリックは、パニック症候群に悩んていましたが、元々は聡明な男。その病気のせいで人との関係をうまく築けないでいたのです。彼が取った対処方法はひたすら現実から目を逸らし、仲間とつるんでサッカーの試合を見に行き、呑んで過ごすだけ。
 その結果、最初の結婚は、発作が起きて一方的に新妻リリーの元と誕生したばかりの赤ん坊も残して、失踪してしまったのです。以来25年間リリーへの未練をたらたら残しつつも、罪悪感から再開する勇気すら起こせずにいたのでした。

 再婚後も酒の問題は深刻化していきました。再婚相手にはそれぞれに父親の違う息子が2人もいましたが、彼女は出て行き、彼はこの息子たちの面倒を見る羽目になります。ティーンエイジャーとなった彼らは、勝手に悪友たちを家に引き込み、やりたい放題。
 エリックは、一人で切り盛りするには大きすぎる家に残され、混乱はさらなる混乱を生む。仕事に集中するには限界が近づいていたのでした。

 転機は、エリックが心酔していたカントナが突如登場し、彼の相談相手となったことから。なんでカントナが登場するのかというともたぶん職場の同僚がイメージトレーニングの方法を彼にコーチした結果、一番強く心酔していたカントナがイメージとして浮かんできたのだろうと思います。

 カントナに励まされたエリックは、リリーとの再会も果たして、次第に自分のこうしたいという意志通りの人生を送れるように変わっていくのです。
 そんなエリックに試練が待ち構えていました。息子のライアンがギャング一味と関わったばかりに、殺人の濡れ衣を着せられてしまったのです。
 勇敢にも、単身でエリックは、ギャングのボスに交渉にいくものの、猟犬に脅されて、しっぽを巻いて逃げ帰るのがオチでした。

 ところが持つべき者は、友。職場の仲間たちがエリックの仇討ちに立ち上がります。職場でサッカー観戦があることを利用して、バス10台でギャングのボス宅へ乗り込んでいきます。
 さあて、ここから彼らの抱腹絶倒の団体戦が、見物なんです。それは劇場でのお楽しみ。ちょっと考えられないリアクションでした。

 誰にも相談出来ず、一見孤立したようなエリックでしたが、そんな彼でも誰かと一緒のほうが強くなれるのだということ。これは仲間と団結をする話なんですね。その絆の深さに監督の暖かい人間味を感じました。絆といえば、サッカーのサポーターがいい例でしょう。サッカーと職場での労働者の仲間意識、この二つの絆を見せられたような作品でした。

流山の小地蔵