劇場公開日 2009年6月13日

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「胸が張り裂けるほど切なさを感じる感動作。 その分ラストが一段と輝いて、眩しかったです。まるで主演ミッキー・ロークのドキュメンタリーのようなストーリーでした。」レスラー 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0胸が張り裂けるほど切なさを感じる感動作。 その分ラストが一段と輝いて、眩しかったです。まるで主演ミッキー・ロークのドキュメンタリーのようなストーリーでした。

2009年6月5日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 アカデミー主演男優賞・助演女優賞にノミネートされただけに、主人公ラムを演じるミッキー・ロークの心にしみ入るような切なさを打たれました。過去の栄光が、こんなにそのあとの人生を苦しめることとなるのか!20年前にトップレスラーだった主人公が引退を覚悟するまでの落ちぶれた姿を見せつけられますと、プロレスファンの小地蔵にとって、胸が張り裂けるほど切なさを感じた次第です。

 ラムと同じく銀幕の世界で20年前には栄光と名声を欲しいままにしたミッキーにとって、この10年間は、まさにどん底の日々であったことでしょう。
 本来は、ニコライ・ケイジに決まっていたラム役だったのが、アロノフスキー監督の強烈なプッシュでプロデューサーを説き伏せて、ミッキーの起用が決まったそうです。
 10年間は、若い頃からの夢だったプロボクサーに転向して、再起を目指したものの、中途半端な結果のまま引退。再度俳優を目指したものの、今度は、ボクサー時代にイケメンとして鳴らした美顔を破壊されて、まともな役をもらえずにいたそうなのです。
 人生何が幸いするか知れません。プロボクサーとして鍛えた躰と崩れた顔つきが、今回のラム役にぴったり。そして何よりも劇中のラムとほぼ同じ時期に地獄を見てきたミッキー自身にとって、劇中のラムは自分そのものであったことでしょう。まるでミッキーの辿ってきた軌跡にあわせて当て書きされたような脚本。そして淡々とラムの日常を追いかける映像を見るにつけて、これはミッキーの心の軌跡を描いたドキュメンタリーなんだと小地蔵は思った次第です。

 さてストーリーでは、ラムの日常に密着。ドサまわりとはいえ、ラムはまだ団体のメインを張る人気があるようでした。試合のシーンは、普通のプロレス中継よりも演出されている分迫力あって、プロレスマニアでも納得できるものでした。
 試合用も、その舞台裏のネタバレが面白く、敵味方に別れるレスラー同士はみんな仲がいいとか、八百長と批判されている対戦相手との試合内容の「段取り」のやりとりが出てきます。勝ち負けが絶対でない、ショービジネスとしてのプロレスは、どんな手順で勝たせるかも重要だと思います。そして強い人間ほど手順通りに試合を運んで、客をわかすことでできるのだなと本作を見ていて実感しました。ですから、「段取り」は決して八百長ではないと思います。

 それとレスラーの薬漬けの日常も描かれます。実際にWWEでは薬害により突然死するスーパースターが続出して、厳しく薬の使用を制限するプロレス団体が増えてきているようです。
 ラムもまた、ステロイドの副作用のために心臓発作を起こして、引退へ追い込まれました。

 ドサ周りでメインを張っても大した収入にはならないようで、夜遅くトレーラーハウスに帰宅しても、家賃未納で鍵をかけられてしまい、車の中で過ごしてしまうラムが哀れでした。
 そして生活のために平日は、なんと近くのスーパーでアルバイト。かつてのスーパースターがアルバイトなんて信じ難い光景です。
 引退後はもっと稼ぐために、バックヤードから惣菜売り場に移動。本名を名乗っても当然客の中には気づくものもいます。しつこくラムだろうと喰い下がれたとき、とうとう堪忍袋が切れて、ラムはスーパーを飛び出します。捨て台詞を残して。
 このとき画面を見ていて、そうだお前のいる場所はここでない!と、ファンに囲まれた場所にいてこそお前なのだと溜飲が下る思いがしました。
 たとえ試合はドクターストップがかかっていて、命の保証はなくても。

 引退に追い込まれたラムの寂しさを紛らわせてくれる唯一の存在がストリッパー・キャシディでした。
 彼女の提案で、長年ほったらかしにしていたひとり娘・ステファニーに会いにいきますが、冷たく拒絶されます。ううっ厳し~い!俺はお前のお父さんなんだぞぉと言いたいところをクグッとこられて佇むラムがいじらしいですぅ~。
 それでもあきらめきれないラムに、キャシディが提案したプレゼント作戦が功を奏して、やっと親子水入らずのデートが実現しました。今まで父親らしいことをしてこなかったとラムがステファニーに心から贖罪するところと、そんな父親の腕にそっと手を通し、しなだれるステファニー。やっぱり親子なんだなぁと思わせるシーンに涙しましたねぇ。

 けれども、このあと交わした食事の約束を、ラムはすっぽかして、親子の縁もこれでジエンド。どこまでも、いたたまれないストーリーです。
 傷心のラムは、キャシディに救いを求めて求愛します。けれどもここでもあなたは客でしかないとつれない返事が返ってきます。

 本当に孤独を悟ったラムは、自分には試合しか存在する理由がないことを自覚します。心臓手術後は、激しい運動すると、胸が苦しくなると言うのに、無謀にもラムは試合に出場することを決意します。相手は20年前に伝説となった試合のときと同じ相手。リスクを背負って退治するのにふさわしい相手であったのです。

 ラムが試合に出ることを知ったキャシディは、試合会場に駆けつけます。ラムの控え室に飛び込んだキャシディに、ラムは俺の居場所はここしかないと告げます。
 私がいるじゃないのよと、今更に告げるキャシディを遮って、ラムは試合会場に向かいます。涙を隠しながら。子持ちのキャシディは、素直にラムの愛を受け入れることができなかったのです。二人の微妙なすれ違いも、すごく切ないものでした。

 痛くて切ない分、ラストのラムが一段と輝いて、眩しかったです(T^T)

流山の小地蔵