劇場公開日 2010年12月11日

「「自分の生きる世界とどう関わるか」ということに真摯に向き合おうとする映画だと思いました。」ノルウェイの森 くるまどろぼうさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5「自分の生きる世界とどう関わるか」ということに真摯に向き合おうとする映画だと思いました。

2010年12月19日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

知的

ネタバレ! クリックして本文を読む
くるまどろぼう
宋3世さんのコメント
2011年1月2日

以下の2点が気になりました。
1、菊池凛子
 彼女の主要作3本「バベル」「スカイクロラ」「ノルウェイの森」を観て3本ともミスキャストで彼女のために失敗作になっていることを指摘したい。バベルもノルウェイの森も監督は最初は断ったにも関わらず凛子の方から強引に売り込んだ経緯があるが、バベルでは尼僧的な精神的裏付けを求められたのに単なる突っ張り高校生の域を超えられなかったし、押井守監督のアニメ「スカイクロラ」でも同様な裏付けを求められたが、単なる絶叫的演技で表面異常なようで裏ずけがゼロと云う、昔の黒沢明監督の壮絶な大失敗作ドストエフスキー原作「白痴」の原節子と同じ、日本の女優にはキリスト教の神の観念の表現は伝統的に背景が無いために土台無理である。日本の作家がこのテーマを扱うと中島監督の「嫌われ松子の生涯」黒沢明監督の「白痴」、是枝監督の「風船人形」のように神の存在証明に躍起になって訳の分らないものになる。キリスト教の伝統のある西欧のロベール・ブレッソンの「田舎司祭の日記」フレッド・ジンネマン監督の「尼僧物語」、最近では「ダウト」など、神は存在すると云う時点からスタートするスッキリした作品とは大違いである。小説家も芥川龍之介、太宰治、三島由紀夫など皆その壁に跳ね返された。果たして村上春樹は?。この問題は、例えば、「愛を読む人」のケイト・ウェンスレットのセックスを単なるセックス・シーンでは無く愛の精神的表現に昇華させた演技が参考になるだろう。日本では神の領域に関わる作品よりは社会派と呼ばれるジャンル、黒沢作品なら「野良犬」「酔いどれ天使」、木下慶介なら「24の瞳」、その他「キューポラのある町」、「攻殻機動隊」や「沈まぬ太陽」などの方が成功する。
 2番目は、もう原作の映画化はアナクロニズムでは?、である。映画は既に3Dに踏み込んだ。3Dの意味は電子産業家電のTV、携帯、ゲームの全てを巻き込む3Dデスプレイによるオール3Dデータ化の流れである。世の中流通データが3D化されたら2Dは存在できない排他的な世界であり、2Dと3Dとが共存できるような世界では無い。つまり1時期原作の映画化等文芸と映画の境界がボヤケた所でツール主体の映画、画像表現が新しい自己主張を再開した時期に、時代の流れに後ろ向きの原作物でもないだろうと云う点である。
         宋3世

宋3世