劇場公開日 2008年5月17日

「何かを待つ姿勢が美しかった。」マンデラの名もなき看守 jack0001さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5何かを待つ姿勢が美しかった。

2008年9月27日

知的

難しい

ネルソン・ロリハラハラ・マンデラ:Nelson Rolihlahla Mandela, 1918年7月18日生まれ。
南アフリカ共和国における黒人解放運動指導者。
アフリカ民族会議(ANC)党員としてアパルトヘイト(人種隔離政策)に反対する運動を始める。
94年には南アフリカ共和国大統領に就任、99年まで任期を務める。
他にネルー賞、ユネスコ平和賞、アフリカ賞、サハロフ賞、ノーベル平和賞、国際検察官協会名誉章など受章。

ネルソン・マンデラが被った27年間に及ぶ投獄生活、そこで出会ったある一人の看守との交流を実話に基づき映画化したもの。
当然マンデラ氏本人も公認である(もう90歳だそうだ)
主人公は、マンデラというよりも、むしろ彼に就いたジェームズ・グレゴリーという看守と言っても良い。
黒人をすべてテロリスト呼ばわりする冷酷な人物グレゴリーが、出世と家族の将来を夢見てロベン島収容所へ赴任するところから物語は始まる。
先ずはグレゴリー家の温かさや幸せ感、島の雰囲気と美しさを十分に魅せつけられる。
出勤、仕事、昼食、休暇とパーティ、島の住人とのふれあい・・・etc.収容所の島という陰湿なイメージとは全く逆な健全さだ。
よくありがちな中流家庭の核家族化がコンパクトに描かれている。
自分も昔、こんな家庭で育った気がするな?とその姿が等身大に思えてならない。
この当り前で普通な幸せというものの中に、大きな誤算が含んでいることをさりげなく描写している。
グレゴリーの妻グロリアが子供たちへ説くシーンに「黒人というのはテロリストなのよ!」というセリフがあった。
美しい白人の妻が、可愛らしく幼い子供たちへ飄々と「テロリスト」などという言葉を使って説明する。
何ともやるせなく信じがたい。
僕ら日本人、特に戦争も紛争も皆無な世代にとっては、あまりにも真実味がなく奇妙なおとぎ話を語られている雰囲気がした。
世界(特に第三世界や欧州)との温度差を認めざるをえないシーンだった。

やがてグレゴリーはマンデラを直々に担当するよう任命され、その寛大で光明なマンデラの心によって次第に感化されていく姿が、自身の過去へと向き合い独白する姿で投影されていく。
実際のネルソン・マンデラがどれほどの容姿なのか?
実のところ顔しか知らないので何とも言えないが、デニス・ヘイスパートが演じる限りでは相当頑丈そうな大男。
彼の演技というより、もともとの図体の大きさがそのまま威厳らしさを見せている。
本当に役得だ。

息子の死を知らされたマンデラ、その悲しみは鉄格子の外を眺め立ちすくむ背中に凝縮していた。
決してうろたえず静かに嘆く・・・その状況により家族を持つグレゴリーにも衝動が走りだす。
肌の色による無意味な差別へ疑問を抱く。

何か事が動くという場合、必ずしも能動的とは限らないようだ。
語らずとも伝わる、ただ感じ取ることで共鳴し合える。
それだけも真実と信用に一歩近づける。
そこには偏屈な教育とか受け売りな理屈などというものは無い。
無形なものが絶えず流れている心の川があり、そこへ一石投げつけられ生じた波紋の行方が見える。
普遍と思われた時の流れが、一気に逆流しだし渦巻くのだ。

時間の流れというものは過去から現在へ、やがて未来に向けて流れていくと思われがちだ。
それは確かに常識である、その通りである、だが実のところは違うのだ。
今の自分を作り上げてきた過去の自分として、とかく人々は意識を集中しがちだ。
良かれ悪しかれ過去があったから今がある・・・・と、今現在の自分に言い聞かせる。
過去によって支配された今が時間軸となり動く仕組み、つまり今こうして過去を思う瞬間こそ、過去も今も同時に流れていく証拠だ。
同じ原理で言うならば、未来も今と同時に流れてゆくはず。
要は、過去も未来も今も、実は同じ点の上に位置していて僕等は便宜上それらを横一線に並べたに過ぎないのかも?
それをあえて時間として順序だてたに過ぎないのかもしれない。
時は流れてなどなく、自分の心模様だけが流されている。
周りと一緒に並んで、ただ流されているだけだ。

ならば、この一瞬である今(すぐさま消滅し過去へと、あるいは未来へと変貌する)こそが、すべてではないだろうか?
今をどう考えて行動し生きるかが、未来も過去も決定付けるものと言える。

時間とは、「今」の積み重ねに過ぎない。
その「今」と称される一つ一つに、過去と未来が「同居」しているのだ。

おそらくマンデラは鉄格子の向こう側から佇み、常に今を見据えた数少ない人。
27年間の投獄生活は一瞬の積み重ねであり、静かに待ったのだと思う。
グレゴリーは、マンデラの待つ姿勢に感銘を受け、自らも待つ決意を固めた人なのだろう。
結局、グレゴリー本人も27年を同じような面持で、待ち続けた。
流れを逆流させ、マンデラとともに並んで。

jack0001