劇場公開日 1995年9月15日

「恋に年齢は関係ないが、この悲恋への決着の付け方は歳を重ねているからこそできたのだろう」マディソン郡の橋 kazzさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5恋に年齢は関係ないが、この悲恋への決着の付け方は歳を重ねているからこそできたのだろう

2021年6月1日
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鑑賞方法:映画館

午前十時の映画祭11にて。

男女の恋愛を描く映画では、二人が恋に落ちる様子を限られた尺でどのように見せるかが重要だったりする。
この映画はそこを見事に描いてみせた時点で、映画そのものの成功を決したと言えるのではないだろうか。
出会いから別れまでがたった4日間だというのは映画では珍しい設定ではないが、出会って何となく惹かれ会う1日目、互いに再開を強く望む2日目、そして結ばれるその夜までの丁寧な描写に、脚本と演出のレベルの高さが現れている。
中西部の片田舎のオバサンになりきったメリル・ストリープが、浴槽に浸かって、さっきまでここでイーストウッドがシャワーを浴びていたのだと思いを巡らすシーンが素晴らしい。恋へのときめきを「エロティック」だと表現するモノローグとともに、恍惚感すら表すストリープの表情。浴槽から見上げるシャワーヘッドから滴り落ちる雫をも色っぽく感じさせる。
スピルバーグのアンブリンとイーストウッドのマルパソの共同製作だが、もしスピルバーグが監督だったら、あんな情緒豊かな描き方はできなかっただろう。

そして、別れのシーンもまた丁寧だ。
短い時間に様々な葛藤が渦巻く熟年女の揺れ動く心を表現した脚本と、メリル・ストリープの演技の素晴らしさ。
イーストウッドが去っていったその道を、夫と子供たちが逆にたどって戻ってきたとき、ストリープが家族に笑顔を向けつつもその道を見やる。誰の姿もないその道をストリープの目線で一瞬映して、切なさを演出する。

クライマックスは雨中のすれ違いのシーンだ。車に乗り込んだ後はイーストウッドの表情を映さない。ルームミラーにペンダントをかけて見せることで、ストリープの心に永遠の愛を誓いながらも別れを受け止めたことを語りかける。
夫が運転する車の助手席で、ストリープは再び葛藤する。そして、耐えきれず涙を流すが、夫はその変化に気付くのだ。
このシーンは、数ある恋愛映画の中でも屈指の名シーンだと思う。
女は、田舎での生活を続けることを選び、一瞬で燃え上がった不倫の愛を心に留めつつも、罪のない夫を愛し続けることを誓ったのだ。

年老いて病床に伏せる夫がストリープに夢を叶えてやれなかったと詫びる会話もまた、この脚本の素晴らしいところだ。夫に寄り添い愛していると告げるストリープに決して嘘はない。
たった4日間の不倫は、環境はそのままであっても家族や町の人たちとの関わり方を変化させただろう。二度と逢うことがないイーストウッドを思い続けながらも、夫をそれまで以上に愛することができた。それが熟年の恋だったのではないだろうか。
それを、今や中年となって夫婦の微妙な問題も体験した息子と娘は確りと受け止めた。

原作の小説は世界的なベストセラーだが、あざとく泣かせる物語で、撮る人次第ではそのままの泣かせる映画で終わっただろう。
そうならなかったのは、監督クリント・イーストウッドの演出力と彼が選んだリチャード・ラグラヴェネーズの脚本、メリル・ストリープの奥深い演技の賜物だ。

kazz