劇場公開日 1992年4月4日

「聖杯の心」フィッシャー・キング 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0聖杯の心

2016年3月12日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

笑える

悲しい

幸せ

ようやっとのレビュー500本目ということで、
折角だしお気に入りの映画のレビューでもしてみる。

というわけで、
ロビン・ウィリアムズ&ジェフ・ブリッジス共演の
'91年作『フィッシャー・キング』をご紹介。監督は
『12モンキーズ』『ゼロの未来』の奇才テリー・ギリアム。

あらすじ。
毒舌がウリの人気DJ ジャックは、自身の不用意な発言
が招いたある事件のショックで世間から雲隠れ。今は小さな
レンタルビデオ屋を経営する恋人アンの家に居候の身だ。
ある晩、自暴自棄になって街をさ迷っていた彼は、
ホームレスのパリーという男に命を救われる。
パリーは、神のお告げを受けて伝説のキリストの
聖杯を現代のニューヨークで探しているという妙な男。
最初は彼をイカれた人間としか思っていなかった
ジャックだが、パリーと自身の意外な因縁を知り、
彼の助けになりたいと行動を共にする事に。
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ジャンルで言うならこの作品は人間ドラマなのかもだが、
ギリアム作品を知る人ならご存知だろうあの独特な
ユーモアと奇妙なテンションに彩られた作品だ。

グランドセントラル駅の雑踏が巨大な舞踏会へ変貌する名場面、
チャイニーズレストラン内の柔らかで暖かな色合い、
パリーを付け狙う“赤い騎士”の荒々しいデザインなど、
映像はカラフルで幻想的、時に暗く悪夢的。
酔いどれたようにアンバランスなカメラワークも手伝い、
現代ニューヨークが舞台なのに雰囲気はまるで異世界のよう。

ユニークで笑えるシーンや、ちょっとトんでるキャラも満載だ
(人によってはそのアクの強さが苦手かもだが、
 どうかまずは最初の30分間を我慢してほしい)。
パリーを演じた故ロビン・ウィリアムズのブッ飛び演技と、
それに振り回されるジェフ・ブリッジスの掛け合いは
最高に可笑しいし、故マイケル・ジェター演じる元シンガー
の絶唱シーンやチャイニーズレストランでのドタバタ
なんて、思い出すだけでニンマリしてしまう。
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だけど、ギリアム監督の作品は安易な現実逃避を許さない。
彼の描くファンタジーはむしろ、無慈悲な現実をいっそう
際立たせるように機能しているのではと思える時がある。

ジャックが出会う人々の言動は滑稽に見えるが、
時々ふっと、彼らなりの論理や悲しい想いが見え隠れする。
精神病院の場面でのゾッとするような冷たさ等も忘れ難いし、
パリーの過去を描いた場面は情け容赦無く残酷だ。
幸せの絶頂の後に訪れるあの悲劇的な展開には、
本当に胸が圧し潰されそうになってしまう。
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そんなシビアさを打ち出しながらも、
鑑賞後に残るのは晴れやかで幸福な後味。

パリーが恋い焦がれる女性リディアに想いを打ち明ける場面。
断言したっていい、これは僕が今まで観た映画のなかで、
最も感動的で胸に迫る告白の言葉だった。

パリーとリディアとの会話にはこんな台詞がある。
私が出版を手掛けてるのはゴミみたいなロマンス小説よ、
と自虐的に語るリディアに、パリーはこう答える。

「時にはゴミの中から美しいものが生まれることもある」

ここだ。この映画の全編で貫かれているのはこの視線だ。
傷付いた者、打ちひしがれた者に向けられた優しい眼差しだ。
傷だらけの自分を愛してくれる人がいる幸せ。
傷だらけの自分にも居場所がある幸せ。他方、
相手の欠点も過去も含めていとおしく思える気持ち、
誰かをただ純粋に救いたいと願う気持ちの美しさ。

劇中に登場する『フィッシャー・キング』の物語が
示すよう、人間の価値は外見や名声では決して測れない。
嘘つきで身勝手だったピノキオが、初めて人を救う為
に行動したことで人間として生まれ変われたよう、
人間性とは『誰かの為になりたい』と願う純粋な衝動なのだと思う。
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正直に言うと、僕も本作が完璧な出来だとは思っていない。
終盤はやや性急だし、アクが強過ぎると思える部分もある。
だけどほら、ビリー・ワイルダーだって言ってるじゃないか。
「完璧な人なんていないさ(Nobody's perfect.)」

物事の好き嫌いはテストの採点とは違う。
演技脚本撮影音楽が見事でも好きになれない映画はあるし、
逆に、欠点があってもなぜか好きな映画だってある。
僕らが何かを好きになるのは、
それが何から何まで完璧だからじゃない。
欠点を抱えながらも必死にもがいてここに在りたいと願う、
そんないじらしさに惹かれるが故だと思う。
だから僕はこの映画を愛して止まないのだと思う。

<了>

浮遊きびなご
近大さんのコメント
2016年3月13日

レビュー500本目おめでとうございます(^^)
ちなみに僕の500本目は…忘れました(笑)

いつもながら深い考察のレビューに唸らされています。
自分は見た時の勢いでただ書きまくって、本数増やしてるに過ぎませんが(^^;
これからも唸らされるレビュー、ちょくちょく拝見させて頂きます(^^)

近大