劇場公開日 2018年7月21日

  • 予告編を見る

「寛容を身に付けた老博士の人生回顧にある苦渋と達観の厳格なる映像作品」野いちご Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0寛容を身に付けた老博士の人生回顧にある苦渋と達観の厳格なる映像作品

2020年4月18日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

現代映画人の中で最も異才を放つイングマル・ベルイマン監督の最高傑作。地位と名声と安静を得た孤高の人生の晩年を迎えたひとりの老博士を主人公にした、ほんの数日の出来事。悪夢と追憶の内的苦渋を抱えながら、ただ流れに逆らわない人生を達観した人間の精神の在り方を厳格に描く。これを39歳の老成したベルイマンが、既に、すでに関心を抱き制作したことに驚嘆する。凡人には計り知れない密度の濃い経歴を蓄積した上でなければ表現できない映像作品。
エピソードの中で最も興味深いのは、主人公が息子の妻の運転で移動する道中で拾った3人の若者たちとの関わりあい方である。女性一人の男性二人の三角関係を窺わせる自由恋愛の価値観にある若い世代と衝突する訳ではない。老博士は学問への執着からか、俗世間から離れ孤独な生活を送る身であっても、突然の若者との会話で戸惑うことなく逆に善き聞き手になっている。老博士の若者を見る姿勢は優しく、また若者たちも自由奔放ながら礼節を持ち敬仰している。この出会った日の夜の別れの場面が素晴らしい。
博士は、自分を取り巻く環境に操られることなく堅固として自己の良心を貫き通してきたのだろう。その内面は悩み苦しむことがあっても、肉体的にはどうこうされるものではなかった。自分が置かれた、また作り上げたきた立場を噛みしめながら、夢の中では少年時代を懐かしく回顧し、亡き父や若き母の姿を表情健やかに眺めることが出来る。人生を全うする者の率直な感動がある。表面上冷たく静かなベルイマンの演出は少しも冷徹ではなく、人生を見通した微笑みに満ちている。

地位も名誉も得て、あらゆる俗世間からひとり孤高を持する老博士の豊かなるゆとりの精神。存在の哲学的理解を超えて、知力の全てに身を任せても、人との触れ合いに人間的な寛容さを備えた人格の内的世界を見事に描く。
  1976年 5月9日 高田馬場パール坐

45年前の駄文を記憶を頼りに再録してみましたが、10代の感動をそのままにしたい気持ちでいます。いつか観直したら、己の人生の粗末さに打ちひしがれるようで怖いです。

Gustav