劇場公開日 2022年6月26日

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「ナチス占領下のパリで繰り広げられる女性劇場支配人の奮闘記。」終電車 じゃいさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0ナチス占領下のパリで繰り広げられる女性劇場支配人の奮闘記。

2022年7月4日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

表面上、本作は「演劇のバックステージもの」の体裁をとっている。
トリュフォーとしては、映画製作の舞台裏を描いた『アメリカの夜』につづく芸能ものとなる(じつは、もう一本、ミュージック・ホールを舞台にした音楽ものを企画していて、三部作にするつもりだったようだが、この映画を撮った4年後にトリュフォーは亡くなってしまった)。
「ナチス占領下のパリで、演劇の舞台を継続することに奮闘する人々の群像劇」に、「南米に亡命したと見せかけて地下室に今も隠れ住んでいる演出家」をめぐるサスペンスが絡んでくる。
実話というか、当時あった同様の「噂」が元ネタらしいが、なんだか『オペラ座の怪人』を想起させるような設定だ。

でも実際には、稽古は思いのほかスムーズに進んで、状況はたいして緊迫しないし、これといった困難もないまま初日はふつうに幕を開け、大喝采を浴びて成功をおさめる。途中、一度だけゲシュタポのガサ入れが入るが、あんだけ地下室で潜伏中の演出家が煙草とか吸っているのに、人の気配にも全く気付かずにそのまま出て行くおまぬけぶり。
どうせならナチス贔屓の評論家をもう少し有能な設定にでもして、「二度目に観に来たときの演出の変更が、どう考えてもルカ・シュタイナーにしかできないやり口だ」と看破して、真の演出家が地下に匿われていることを見破るくらいのサスペンスはあってもよかったのに。せっかく「隠れて演出している」というフックがあるのに、あまり生かされずに終わってしまうのはもったいない。
地下で、シュタイナーがいろいろ勝手に貼ったり書いたりしてるのも、あとでナチに踏み込まれたときに発覚するときの伏線なのかと思って観ていたが、ぜんぜんそんなことはなかった。
結局、なにかありそうに見えて、サスペンス/スリラー/ミステリー映画としてはほとんど機能していないのが実情だ。

とはいえ、トリュフォーの真の眼目は、実のところ、そちらにはない。
いや、一見、戦時サスペンスみたいにこの映画が見えるのは、むしろ「まやかし」であり「めくらまし」だといっていいのかも。
この映画の面白さは、「本当にやろうとしていること」から観客の目を逸らして、たくみに隠蔽するそのやり口にこそある。
彼がここで本当にやろうとしているのは、演出家ルカ・シュタイナー(ハインツ・ベンネント)と、その妻にして女優で現支配人のマリオン(カトリーヌ・ドヌーヴ)、相手役を務める若き新人俳優ベルナール(ジェラール・ドパルデュー)の三人をめぐる、水面下の心理的な駆け引きと恋愛模様なのだ。

秘めたる想いは、観客に対しても秘められる。
だから、作中の某人物が気づいて指摘するまで、観客もまた気づかない。
でもいったん気づいてしまうと、あちこちに伏線が張られていたことに気づかされる。
「戦時下サスペンス」としてはゆるめの作りだが、
「愛のサスペンス」としては、なかなかどうして手の込んだ、凝った作りの映画だったりするのだ。
なんで、無視していたのか。
なんで、あんなに激怒したのか。
なんで、彼が●●ときいて、ひっぱたいたのか。
なんで、あの人物だけが、そのことに気づくことができたのか。
言われてみると、首肯できることばかりだ。

ラストのネタもいかにも演劇的。
ていうか、トリュフォー/ドパルデューのコンビということで、昔観た『隣の女』のイメージが強すぎて、あの映画のラストの印象に心が引っ張られていたんだろうなあ……今回、珍しくぜんぜんオチを予期できておらず、ものの見事にひっかかってしまった(笑)。
まあよくよく考えれば、直前に半分おふざけみたいな後日談をやったあとで、そこまで酷い話をやるわけがないんだけどね。

個人的には、ドヌーヴが37にしてはちょっと、とうがたっているというかばばくさい感じがするが、こういうのがお好きという方もいらっしゃるだろう。
ドパルデューは、ちょうど脂の乗り切っていた頃で、一挙手一投足がもうすばらしい(『1900年』の時よりは肥ってて、『シラノ・ド・ベルジュラック』や『グリーン・カード』の時よりは痩せているw)。今の彼がプーチンと懇意だろうが、飛行機のフライト中にビンに放尿しようがしまいが、そんなことはどうでもいい。天才とは、こういう役者のことを言うんだろうなと。

あと、どうでもいい話だが、最近読んだ、ナチス・ドイツ時代のニュルンベルクを舞台にしたミステリーで、ちょうど「高価なストッキングを買えない女性たちが、脚に色を塗ったり、裏の線を描きこんだりして、はいているふりをしていた」って話が出てきたところだったので、おお、まさにこれのことかと思いました。こういうのって不思議に被るよね。

じゃい