劇場公開日 1999年7月24日

「絶望的な現実があるからこそ」運動靴と赤い金魚 klopstockさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0絶望的な現実があるからこそ

2023年12月23日
スマートフォンから投稿

兄妹が靴をシェアするというだけの話。
実際のところ、ほぼそれだけ。

日本でこんな作品を撮ったらすぐ馬鹿にされて終わりだろう。しかしこれが、イランの絶望的に貧しい貧民街の路地で撮られた途端、極上の人間ドラマとサスペンス、爽やかな感動を生むのだから面白い。

この映画に描かれる人々はみんな、貧しいけれど善良で、温かみがあり、敬虔でもある。悪人は一切出てこない。
もちろん、現実にそんな清貧は滅多にあるものではないし、その意味ではリアリティのない世界なんだけれども、これが現地の子供向け映画として作られたことを考えれば、その高貴さは堂々たる魅力になる。

有り体に言えば、現実のイランで生きていくということがいかに残酷で、絶望的なことであるかを誰もが知っているからこそ、せめて子どもたちには清貧を説きたいと願っている。
それが大人の責任であり、良心でもあるということが、優しい味わいの画面から終始伝わってくる。

とはいえ、そんなメッセージ性はほとんど主張せず、ほんの隠し味程度であり、映画の大部分は素朴で胸のキュッとする兄妹のドラマが、ごく丁寧に描かれる。脚本の味わい深さ、豊潤さは絶品というほかなく、この手の作品を一生のうちに見られるというのは、まったく幸運としかいえない。

この作品を12年前に教えてくれた、脚本家の師匠には今も感謝するばかり。

klopstock