劇場公開日 1985年11月2日

「ご実家のご両親さまはご健在ですか。お元気にしておられますか。」田舎の日曜日 きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0ご実家のご両親さまはご健在ですか。お元気にしておられますか。

2023年12月25日
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鑑賞方法:DVD/BD

「田舎司祭の日記」(監督:ブレッソン)を検索していたらヒットした本作でした。
思いがけず《我が生涯の一本》に出会えた気がします。
本作に感謝です。

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田舎のおじいちゃんを孫たちが訪ねる という映画は、いろいろありますね。
「プロヴァンスの休日」とかも僕は大好きな作品です。

(以下、ゆっくりと読んでください)

この映画はねえ、まあ大変に、緩〜い時間が流れるのでして。
そうなんですよ、
週日 慌ただしく生きている鑑賞者たちにとっては、上映開始しばらくは、そのテンポのゆっくりさに乗り切れず、たぶん苦痛以外のものは無いと思われます。
何せ、立ち話をしている老人の表情を、じっくり丹念に撮っている映画なのですから。

老人は、自分が老いてゆくスピードも、時計のスピードも、汽車の時刻表も、本人のままにならぬことを知りながらも、
かくしゃくとして、そこをユーモアで乗り切る知恵を持っている。
そこがまず素敵。

でも訪ねてきた息子と会話をしていても、言葉がうまく出てこずにお喋りが途切れたり「間」が開いたりするのもので、
「老いの自覚」や「父と息子」という関係の"ぎくしゃく感”は残っていて、そこが実に本物らしくて、心が寄せられるのです。

ストーリーといえば、何のことはない、ただの老父と息子・娘の一日なんですが、
いつも覚え合っていて、地味に、本当に地味に、息子夫婦が毎週顔を見にくることとか、
思いついて駆けつけてくる けたたましい娘の様子とか、
誰にでも覚えのある家族の日常を、しみじみと撮影してくれました。

僕は
秋に両親を伴って、彼らの結婚65周年を祝って、彼らが大昔、新婚旅行で宿泊した群馬県の温泉に行ってきました。
65年前に彼らが泊まったまんまの五号室=その部屋に、三人で川の字で眠り、ご飯を食べ、たくさん語らい、散歩をし、
混浴も果たし、
"さようなら”をする前に、良い親孝行が叶ったと思います。

電話すること、会いに行くこと、
これは何よりの親子の関係です。
かつて特別養護老人ホームで勤めていた時、毎週面会にくる家族と、かたや まったく疎遠の家族と、それぞれを見てきて、僕が思わされたことでした。

映画の老父は、訪問者たちが帰途につくことが寂しくて仕方ない。でも父親としては「しっかりやりなさい」「お前の人生を歩みなさい」と語って、父親であることの威厳を保ちたい。

でも息子は、ふと、老いた父親の黒い帽子に 父の臨終を幻に見る。

落ち着きのない娘も、亡き母の面影を、アトリエや屋根裏部屋でじっと手に取って感慨にふける。

どちらが扶養者であるのか
もうそんなことはどうでもいい。
ゆっくりと歩く父親が、子らと相互に寄り添って
お互いに、お互いの魂と、存在を支える扶養者であり続けること ― それをもう一度教えてくれるこの親と子の姿。
ほっこりした日曜日の午後でした。

実はね、DVDを途中で止めて、遠くで暮らす父と母と電話したんですよ。堪らなく声を聞きたくなったので。
僕がどれほど父を愛し、父の世話になってきたか、子供時分の思い出を父に話し、「ごめんなさい」と「ありがとう」を伝えました。
父親の前ではゴンザグのように敬意を示して上着を脱がない、そういう息子になりたいと思います。

美しいパリ郊外の景色、
子供たちのさんざめき、
何気ない会話の記憶、
ポプラの葉っぱと縄跳び。
そして
家政婦の口ずさむ「さくらんぼの花の咲く頃」の声が、
・・誰にでもある ふる里の光景を、しっとりと甦らせてくれるでしょう。

日曜日の午後、たった一日の滞在ですが、
・更に大人に成長する息子の面持ちと、
・父親と村の酒場で踊る娘の愛おしさに、心中、胸が一杯になることでしょう。

ご健在のご両親に思いを馳せながら、
そして亡くなったご両親を想い出しながら、
映画好きのあなた、
日曜日の午後を味わい深く過ごすひとときを、
この家族は与えてくれると思います。

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カンヌ監督賞。
ガブリエル・フォーレがサウンド・トラック。
まるでルノアールが動き出したかのような《印象派》のスクリーン。
重ねがさね 目に沁みて、心に沁みました。

ヌーベルバーグにかき乱されて、良いものを見失ったフランス映画への嘆きと、癒やしも感じる
いい映画です。
絶品です。

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きりん
きりんさんのコメント
2023年12月27日

妹イレーヌの出で立ち ―
綿レースのブラウス、光沢のあるサテンのサッシュベルト、ネットのかかったヘッドドレス。タイトなロングスカートに長めの金のネックレス。
古風なイヤリングがまた似合う。

きりん