劇場公開日 2021年7月10日

「「沈める村」の美しすぎる玉三郎」夜叉ヶ池 Imperatorさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0「沈める村」の美しすぎる玉三郎

2021年7月24日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

冒頭は原作と異なっていたが、その後は泉鏡花の原作にかなり忠実に作ってあった。

4Kリマスターだが、初めの映像をみてすぐに、フィルムの感じや重厚な作りが、いかにも当時の映画らしいという印象を受けた。
良い悪いではなく、その時代でなければ撮れない映画があると思う。“総合芸術”であるがゆえに、技術や機材だけでなく、制作する人材や環境があるからだ。
いささかお粗末なところが見られても、そういう“限界”すら、後世からみれば一つの“味わい”となる。

冒頭、「合掌造り」の建物が出てきて驚く。
白川郷なのか分からないが、だとしても世界遺産登録(1995年)よりずっと前で、さびれた感じである。
原作には記述は無いが、こういう工夫ができるのは映画ならではだ。

そして、BGMに心奪われる。
今聴くと、いささか滑稽な感じのする1970年代の「シンセサイザー音楽」で、やはり富田勲であった。少しやり過ぎなアレンジだが、自在な独特の音楽だ。
曲は、現世ではドビュッシーの前奏曲(「沈める寺」と「雪の上の足跡」)や「牧神」などで、一方、白雪と妖怪の世界ではムソルグスキーの「はげ山の一夜」や「展覧会の絵」と、はっきり使い分けられている。
なかでも「沈める寺」は、この作品の「沈める村」というストーリーと少し関係するためか、意図的に繰り返し使用されているが、本当に素晴らしい。

もっと心奪われるのは、なんと言っても、29歳(?)の玉三郎である。この点では、観る前の期待を、大いに上回った。
百合を演じるときは、抑えた演技で可憐な村の若妻となる。
さすがに立ち姿は女性ではないにせよ、声は女性と言っても通る。観客も玉三郎であることを承知で観ているのだから、胸パッドは不要だったと思う。
ただ、百合のことを、「もしかしたら人ではなく、蛇の化身なのか?」と演出しているのは、原作から逸脱しているだけでなく大失敗で、本作の唯一のキズであろう。このために、ラストの“生け贄”の意味が弱くなってしまうのだ。

一方、白雪を演じているときの玉三郎には、ビックリ仰天させられた。
玉三郎のことを良く知っているわけではないが、今まで自分は、こんなに“はじけた”演技の玉三郎を観たことはなかった。
白塗りをすると役者は、どこまでも大胆になれるのであろうか? 悶々とする白雪の狂気じみた姿を、完璧なまでに表現している。
着物の内側では、若き玉三郎の精神と肉体が躍動しているのである。
それに加えて、なんという美しさであろうか! これほど美しい女形を、自分は観たことがない。

脇を固める役者も豪華なようだが、加藤剛と山崎努しか目立たない。
妖怪世界のシーンのユーモラスなところは、ほぼ原作通りだった。
最後の「イグアスの滝」はやり過ぎだろうと笑ってしまったが、洪水シーンの特撮はなかなかのもので、CG時代の今観ても遜色がないと思う。むしろ、3.11以後を生きる自分には、むごたらしく感じて、少し引いてしまったくらいだ。

権利関係で、長らくお蔵になっていた作品らしいが、4Kで蘇ったのは喜ばしい。
玉三郎の美や洪水のシーンは、映画館でなければ、良さを味わうことができないだろう。
ホント、観て良かった。

Imperator