劇場公開日 1983年4月29日

「木下恵介版と今村昌平版の違いは一体何なのでしょうか?」楢山節考 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0木下恵介版と今村昌平版の違いは一体何なのでしょうか?

2020年8月2日
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鑑賞方法:DVD/BD

楢山節考の原作は1957年の刊行
二度映画化されており、1983年公開の本作は二度目の作品です

最初のものは1958年公開の木下恵介版で大女優田中絹代が主演です
ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品されました
受賞はならなかったものの、あのフランソワ・トリュフォーが激賞しています
キネマ旬報の日本映画のオールタイムベストにリストされているのはこちらの方です

では本作はどうか?
日本映画オールタイムベストにはランクインしていません
ところがカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しています
つまり国内より海外での評価が高い作品ということです

何故そうなのでしょうか?
木下恵介版と今村昌平版の違いは一体何なのでしょうか?

それは本作がいわば木下恵介版の実写版という趣があるところかと思います

木下恵介版ももちろん実写です
しかし、ラストシーンを除き全てスタジオセットで撮影しているのです
その上、歌舞伎の舞台劇であるような演出、長唄や浄瑠璃のような劇伴の音楽を使用して、この世界が劇であることを最初から最後まで主張している作品です

それに対して本作はほぼオールロケ
リアリズムを追求して、劇ではなく現実の物語であるという方針で製作されているのです
劇伴の音楽は極力排されてここぞという場面のみです
そしてその音楽は現代的な普通の映画としてのものです
それが実写版と感じる意味です

性行為のシーンが木下恵介版は全くなく、本作には多用されています
人間だけでなく蛇、蛙、カマキリなどの生き物達のそれも何度も写されます

それは本作のリアルさの追求という方針に基づくものでしょう
人間も生き物も変わりはない
自然の中で生きており、つがい子を産み、そして死んでいく存在なのです
だから生き物達のそのシーンが数多く登場し、人間の物語と相対的に変わらないのだと繰り返し主張するのです

木下恵介版は、過酷な物語を歌舞伎的な演出によってこの神話的な物語を芸術として昇華する事を目指したのです

そして本作はリアリズム的な表現による、神話を地上の物語として表現した具体的な映画だということだと思います

この差が、日本国内での評価の差と、海外での評価の差の逆転現象をもたらしているのではないでしょうか?

芸術としての感動は圧倒的に木下恵介版の方が上です
幽玄的なクライマックスの感動は身動きできない程のものをもたらしています
それは現代のロケシーンををラストに挿入しなければ席を立てないまでのものです

本作にはそこまでの感動はありません
実写版ならこういう光景になるのかという感覚で観てしまうのです
しかしだからと言って駄目な作品では決してありません
圧倒的な傑作なのは間違いの無いことです

木下恵介版が飛び抜けた名作過ぎると言うことなのかも知れません
是非、木下恵介版もご覧頂きたいと思います

木下恵介版の田中絹代は51歳の時の出演で前歯を実際に抜いてまでの女優魂をぶつけています
一方、本作での坂本スミ子も負けてはいません
坂本スミ子は本作撮影時47歳です
22歳も上の老け役を、前歯を極限まで削ってまでの熱演でした
田中絹代のおりんは神々しくまさに神話的存在でした
一方、おりんの土俗的な強さの表現は坂本スミ子の方が上だったようには思います

それこそが木下恵介版と今村昌平版の違いであると思います

あき240