劇場公開日 1991年1月15日

「老いては子〈を〉従え」大誘拐 RAINBOW KIDS きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0老いては子〈を〉従え

2022年12月11日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

懐かしの邦画。
最新のSFよりもワクワク度は高い。
夢物語のFuture Storyなんかよりも、実は世界は過去を覗くほうが幾倍も面白いのだということを教えてくれる。

誘拐映画といえば「ハイネケン」を観たことがあるのだが、いかんせん犯人が弱すぎて魅力欠如。
誘拐されたハイネケン氏本人も存在感を描き切れておらず、人物像がお粗末でつまらなかったので、今回はこれ、岡本喜八の「大誘拐」をチョイス。

紀州の大金持ちのおばあさん相手だ。

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世の老人たちは快哉を叫ぶのではないだろうか
《オレオレ詐欺に引っかかったふりをして親不孝な息子・娘に金を遺さずに犯人に「わざと」お金をくれてやる老母老父》は、世の中には必ず一定数存在するはずなのだ。
僕はそう見ている。
警察や当の息子から叱責され罵倒されてもペロッと舌を出す。
「虎の子のタンス預金を子供や気の合わない嫁なんかに渡すよりも見ず知らずの誰かに盗られてしまったほうがなんぼかスーっとするワ」と考える年寄り。絶対にこれ、いるはずなんですよ(笑)

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ところがこの映画、
身代金の準備で右往左往する息子たち娘たちを翻弄する前段の愉快さが、その終盤=事件の結末では静かに(こちらの予想を裏切って)ストーリーの方向を変える。

この映画はただの喜劇ではなかった

座敷の鴨居にかかる白黒写真に注がれる老人の眼差しから、これは上っ面の犯罪コメディなどではなかったのだと知り、僕はハッとなった

アイイチロウ・・
シズエ・・
サダヨシ・・。

お国の起こした戦争のおかげで肉親3名を亡くした刀自(とじ=老婦人)の元に、ある日若者が3人訪ねてくる。
「えっ?もしや!」と思い、DVDを巻き戻してみるとやはりそれは「8月15日」のことだった。

遺影が映る。何度か映る。
子らを奪った戦争。戦争を起こしたお国への静かなる怒りを込めて、間もなく人生を終えようとしていたひとりの女の、
これは消えない熾き火の反逆だったのですね。

あの世へ持って行けるものと、この世に残していくもの。そして対決すべき相手への怨嗟は年老いても生涯忘れないこと。
それらを見極めて、自らの終活をプロデュースするこの柳川とし子の女の一生を感じた鑑賞でした。

前半は
「老いては子〈を〉従え」とばかりに家長として君臨をし大いに笑わせてくれたが、
国家に対しても彼女は自分自身をば決して明け渡さない気概を持つ。
“人生の主人公” 柳川とし子は あっぱれ、紀州の女豪傑。

孫世代をになう若い犯人たちにかける思いと言葉は本当に温かでした。
そういえば神山繁はじめ四人の子たちもどれほどかとし子に大切に育てられたのでしょう、みんな呆れるほどすなおに育っていましたし。

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岡本喜八は
「日本のいちばん長い日」('67)と
「激動の昭和史 沖縄決戦」('71)を撮った監督。
本作「大誘拐」(1991)でも67歳の岡本は、戦死者の存在とアメリカの原子力空母を登場させていました。監督は本作でも彼のライフワークを貫いていたのですね。

きりん