劇場公開日 1998年11月14日

「ファムファタル、運命の女 吉永小百合は正にそれでした」時雨の記 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0ファムファタル、運命の女 吉永小百合は正にそれでした

2020年10月27日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

心が震えました
不倫の映画と言えば身も蓋もありませんが、それでも心が揺さぶられました
同じ不倫映画でも失楽園のように、嫌らしく不潔なものではありません
遥かに清潔で美しい愛の物語でした

ファムファタル、運命の女
そんな女性は確かにいます
一生の内にいつか出逢うかも知れません
出逢う事もなく人生を終える人もいると思います
でもそれは幸せなのか、不幸せなことなのか・・・

お互いに結婚適齢期に出逢う幸せなカップルも、もちろんあるでしょう
映画の中にいるような大恋愛をして結婚に至るのです

でもファムファタルは違うのです
大恋愛の果てに、お互いに好きなのに別れてしまう
あまりにも若い内に出逢ってしまい、お互いに傷つけあって別れてしまったり
互いに家族を持ってから出逢ってしまったり
もしかしたら本作のように熟年になってから出逢ってしまったり
そんなことだってあるのだと思います

別れてもいつまでも忘れられない女性
一目見ただけなのに、いつまでも心に刻みつけられて忘れられられない女性

仕事も家庭も、築き上げてきたこと全てを放り出してまでのめり込んでしまう女性
そんな女性に貴方が、明日なってしまうかも知れないのです

本人は別段普通に目立たなく暮らしているだけ
男の目を引くようなことは何もしていない
派手な化粧も服装も生活もまるでないのに
もしかしたら、飛び抜けて美人でもないかも知れない
しかし、その男性の目からすれば、貴方は絶世の美女のように写っているのです
普通に仕事をしているだけなのに、その仕草、言葉がその男性を惹きつけて止まない
ジグソーパズルのどうしてもはまらなかった最後の一片が、ピタリとはまる
貴方がそんな存在であることを、その男性に発見されてしまうかも知れないないのです

しかし、男性が全てを投げだしてファムファタルを求めた時、その男にはもちろん、女にも破滅が訪れるのは自明のことです

そんな幸せなんか訪れる訳がない
それはわかっていて、それでも止めようがないのです

吉永小百合はまさに、そのファムファタルそのものでした

吉永小百合53歳
地味な着物を着て電車にのる後ろ姿は、歳相応におばあちゃんにみえます
「女」の艶めかしさは枯れています
しかし美しいのです
とんでもなく美しいのです

恋をする女性の目の光り、肌の色です
時雨に濡れて、抱きしめられるシーンの美しさは彼女の若い時よりも美しいと感嘆しました

演技を超えた、実在の吉永小百合が魂を奮わせて、劇と実人生が重なりあっているからだと思います

劇中、二人は20年前の1969年に葬式で出逢ったことになっています
吉永小百合と渡哲也の二人もまた、1969年結婚を諦めたのでした
相思相愛だったのに、彼女から結婚を断念したのです
その大恋愛の葬式です

本作は吉永小百合が長年映画化を希望して、その権利まで自身で獲得して持ち込んだ企画です
そして相手役に渡哲也を指名し、この二人で製作を渋る東映の社長に直談判してまで映画化に漕ぎ着けた作品なのです

彼女の30年もの間消えることなく、高温で燃焼し続けていた強烈な想いが、本作での彼女と渡哲也の二人に現れているのです
もはや演技ではないのです

終盤はまるで2020年、現実となったかのような錯覚に陥ることでしょう

流石は木村大作のカメラだと感嘆する美しい映像
本編の内容にマッチした品の良い久石譲の音楽
ロケ地の美しい光景
何もかも高いレベルだったと思います

是非、本作は二人の恋愛が始まった「愛と死の記録」をまず観た上で、本作と「長崎ぶらぶら節」をセットでご覧になって頂きたいと思います

不倫の映画
吉永小百合と渡哲也の隠された因縁のこと
そんなことは横に置いて素直に観て下さい
きっと感動させられるはずです
心が震えると思います

ファムファタルに出逢ってしまった男女の物語
それは普遍的な物語です
人生の秋にその出逢いが訪れただけです
あの京都や明日香の紅葉の美しい色彩のように燃え上がったのは致し方ないことだと、思えるはずです

ファムファタルに貴方がなってしまう
人生が輝いた瞬間を胸に、長い残りの人生を生きて行ける方が幸せなのか
何も無い人生が良いのか

貴方はどちらを選びますか?

あき240