劇場公開日 2008年8月9日

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「世界を一人で背負う必要などない!ってことだ。」アクロス・ザ・ユニバース jack0001さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5世界を一人で背負う必要などない!ってことだ。

2008年9月25日

泣ける

楽しい

興奮

「音楽離れ」という言葉がある。
本音としてはあまり聞きたくもない響きだが、こうもCDが売れない時代となれば業務柄もう余所見もできない。
にもかかわらず「音楽鑑賞」という言葉はまだ頻繁に使われ、今日も履歴書の趣味・特技の欄に書かれていることだろう。
はたしてその趣味が本当の意味で真っ当ならば、僕は何も意見するつもりはないが・・・苦し紛れな言い訳だとするならば、即刻止めた方がいい。
すなわちその記述こそ、公文書虚偽、あるいは単なる「嘘つき」だからだ。

せめて歌一つ、全コーラス分聴いていただけるよう最善の努力をして欲しいもの。
そんな簡単なこと?と疑問を抱く人もいるだろうが意外と多いのだ。
一曲フルで聴くほどのめり込めないリスナーが・・・
一つの解決案として、他の分野と合致させて楽しむというのはいかがだろう?

例えばこの映画アクロス・ザ・ユニバースである。
全編ビートルズ;The Beatlesの楽曲によるミュージカルだ。
33曲のレパートリーが、かつて誰も想像し得なかった素晴らしいストーリーを作り上げてしまった。
あのジョンもポールもここまでの発想に至らぬままビートルズでのキャリアを終えてしまい、全くもって残念なことをしてしまったのかな?などと、この映画を観終えてジョンやポールをそう想い偲ぶほどだ(ポールはまだ健在だが・・・)

設定は1960年代アメリカを中心とした青春ラヴストーリー。
よくありがちなミュージカル特有の煌びやかさは無きにしも非ず。
何より心を動かされたのは、ロックが文化として生きている気がしたこと。
ロックがどこまでミュージカルの根幹で活き活きと輝けるか?をスクリーンの中で追求し、その沸騰点を見出そうとする努力が窺えるからだ。
ビートルズの楽曲にも関わらず、殆ど彼らの影すら存在しない(話の入り口あたりのシーンで、主人公のジュードの故郷リバプールのライヴハウスで、それらしきバンド風情が映ってはいたが、ストーリーとは関係は無い)
にもかかわらず、楽曲とストーリーのマッチングが冴えわたっている。
この映画のサントラの為に、ジョンはレストランのナプキンに歌詞を書き殴り、ポールは鍵盤に向かったのではなかろうか?という錯覚まで覚えてしまう。
それだけビートルズの楽曲は普遍であり、他を寄せ付けぬほどに優れたセンスで書かれたものばかりだと言える。
しかしビートルズ云々にかこつけるわけではなく、ロック・ミュージカルとして、代役なしに当人たちが伸び伸びと唄うナンバーに、心から惹きつけられる要素が十分備わっている。

60年代という時代背景を題材にした映画は星の数ほどある。
それらに共通して言えることがある。
それは「いつ観直しても、飽きさせない」ということ。
あの時代特有なスタイリッシュさ、何かを始動させようという躍動感、暗い歴史の混沌さと相反したサイケデリックやヒッピー・カルチャーの色彩感に秘密があるのだろう。
むしろ60時代の鮮烈さは、今の最先端技術を持ってこそ演出のやりがいがあるのかもしれない。
なので、ジョンもポールも思いつかなかった「時代の鮮烈さ」に執着したこの監督の裁量は高く評価したい。
質の高さで比較をするならば、以前観たビョーク主演の「ダンサー・イン・ザ・ダーク」が脳裏に閃いた。
ドキュメンタリー・タッチでリアル感のある映像と、それに反する豪快で忙しいミュージカル・シーンの対比が当時斬新だった。
だが「アクロス・ザ・ユニバース」の場合、実はカットそのものに仕掛けはなくむしろ古典的。
その分ゆっくりと堪能出来た気がする。
今このタイミングで、あえて60年代で、ビートルズ・・・ベタな発想が、思いもよらぬ斬新さとして生まれ変わったようだ。
それは、時代の流れとともに文化をじっくり堪能したものの成果だと思う。
監督のジュリー・テイモアという女性はかつて淡路島での滞日経験があり、そこで人形浄瑠璃や歌舞伎に傾倒し研究を重ねていたという。
きっとそんな地道さが活きているのだろう。

ベトナム戦争、反戦運動、あるいはマーティン・ルーサ・キング暗殺という歴史的キーワードも随所に織り込まれ、初めてロックに腰を落ち着けてみようとする入門者にも最適だ。
ロックには既に50年以上の歴史がある。
だから単なる娯楽じゃ済まされない思想や主義主張だってあるのだ。
エンターテイメントに隠された、先人たちの真実。
そんな観点からでも、この時代の名曲に食指を伸ばしていただければ、音楽への造詣も深まるであろう。

とにかく、最後まで眠くならないミュージカル映画だ。
それだけでも観る価値はある久々な手応えだった。

モノゴトに対して飽きること、それに慣れてやいないだろうか?
まず態度の問題だ。
世の中がつまらないなどと思い込んでしまう前に、しっかり最後まで聞いた方が良い。
人の話も、唄も。

体裁の為に、有りもしない言葉で誤魔化してはいけない!
まだまだこの世の面白さは、発見、発掘、研究のし甲斐があるのだ。
そして、もう一つ・・・世界を一人で背負う必要だってないのだ!

jack0001