劇場公開日 2008年6月14日

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「ヴィゴ・モーテンセンのフリチンの演技、クローネンバーグ監督の職人技が光るもラストに不満。」イースタン・プロミス 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5ヴィゴ・モーテンセンのフリチンの演技、クローネンバーグ監督の職人技が光るもラストに不満。

2008年5月23日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 ロードオブリングのアラゴルンがスクリーンに帰ってきました!
 『イースタン・プロミス』の主演ヴィゴ・モーテンセンは本作で、本年度のアカデミー主演にノミネートされた作品で、その抑制のなかに人間味を漂わせる演技は、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のダニエル・デイ=ルイスと甲乙つけがたいものでした。間違いなくクローネンバーグが新境地を拓いたものといえます。
 アラゴルン役のモーテンセンもそうだったけれど、彼の演じるのは役はどれもクール。今回は、そのくせ人助けしてしまうという暖かみも併せ持つという二面性のキャラなんです。
 本作の魅力の一番に来るものといえば、モーテンセンの隠された一面が遺憾なく発揮されているということです。
 彼の役どころはロンドンに巣くう悪名高きロシアマフィアの組織「法の泥棒」の運転手。誰もが強面を連想するけれど、スクリーンの彼は、ボスの命令に背き、逃がしたり、情報を教えたり、結構人に優しい面を見せます。こいつマフィアにしてはなんかヘンな奴だなと思いきや、やはり裏がありました。その辺の複雑な心理描写を違和感なく表現しているモーテンセンはアカデミー主演にノミネートされるだけの価値ある役者であると思えましたね。

 この作品のタイトルは、英国における東欧組織による人身売買契約のことを指します。サウナやマッサージ・パーラーで体を売る約7,000人の娼婦、うち8割の女性は東欧、バルト海沿岸諸国の出身であるとか。そこには東欧の暴力組織が介在しています。英国地元の暴力組織へと商品のように売られる「性の奴隷」の存在を描いているという点で、本質は社会派なのかも知れません。

 この作品でも、半ば強制的にウクライナから連れてこされて、薬を打たれたうえレイプされ、あげくの上放り出されて、病院に搬送。子供を生んで息を引き取ってしまう僅か14歳の少女の存在が重く横たわります。

 先進国イギリスの首都でもこんな『人心売買』が横行しているんだよ、きれい事では済まされないよともいいだけなショッキングなシーンが続きました。脚本を担当したスタッフは実際に、犯罪者に会うなどリサーチ。ロンドンの裏社会の現実はあまりにもグロテスクで凄まじいものだったそうです。郊外の街角で、当然のように奴隷制が敷かれているのだとか。
 その奴隷のひとりとして少女の存在を伏線とし、ロンドンの「闇の権力」ともいうべき、ロシアマフィアの残虐非道な所業をリアルに描くバイオレンス作品となっています。

 とにかく連中は人を殺すことを何とも思っていません、たとえ仲間でも、気にくわないと殺してしまいます。

 問題は殺しの表現がえぐいこと!

 冒頭の仲間のマフィアを殺すシーンでは、床屋で突然のどをかききるシーンかあって、この作品は半端な覚悟で見られないなと示しました。
 そして、殺した死体を冷凍にしたあげく、モーテンセン演じるニコライが身元をばれない処理をして河に流します。
 この処理というのが、死体の歯を抜き、指を切り落とすこと。これが実にリアルで、見るに耐えられませんでした。この作品、このあとの殺しのシーンは何故かピストルでなくナイフなんです。傷跡も生々しく、剔られていく傷跡に絶句の連続でした。ホントに痛いというほかないシーンが多かったですね。赤ん坊まで殺そうとしたのですから。
 特に、ニコライが裏切られて、サウナで全裸で暗殺者と素手で戦うところは、ニコライが負う傷跡が生々しく、緊張の連続でした。ちなみにモーテンセンはフリチンで文字通り体を張って熱演しています。局所も一部見えていました(^^ゞ

 そんなおぞましいストーリーに救いをもたらすのがナオミ・ワッツが演じる助産婦のアンナでした。
 オープニングでは、ドラックストアでひとりの少女が下半身を血に染めて倒れるところから始まります。少女は、病院に運ばれますが、女の子とを産んだあとに息を引き取ってしまいます。その手術に立ち会ったのがアンナでした。

 アンナは少女の所持品のバックから日記を見つけ、赤ん坊のために少女の身元を割り出そうとします。日記には少女の名前とロシアの故郷のことが記された一枚のカードが挟まれていました。「トランスシベリアン」という名前のロシアン・レストランのカードを頼りに、アンナはその店を訪ねることに。
 店のオーナーは、少女のことは知らないが、日記があるなら翻訳してあげようと提案します。そのレストランの前でアンナはニコライと出会います。
 この出会いが運命的であったことは映画の展開上で分かっていきます。

 アンナは何とか赤ちゃんの身元を調べるなど尽力します。その優しさが唯一この作品の息抜きになっていました。
 けれども赤ちゃんの存在は意外な方向へ展開。その秘密を巡って、アンナの元にもマフィアの手が迫ってきます。
 その中でアンナとニコライの微妙な関係の変化も見所となります。ニコライの人間味に惹かれていくアンナがいだいた疑問は、「あなたは何者?」。アンナが思うのも当然でニコライはも余りにマフィアらしくなく、アンナに優し過ぎました。

 やがてニコライは、マフィアの正式な構成員として認められ、星の入れ墨を許されます。マフィアにとってタトゥーは、己の生き様を語り、勲章のようななものでした。例えそれが罠であったとしても・・・。
 構成員となったニコライは、ボスの息子と結託して、組織の支配権を手中に収めようとします。
 果たしてニコライは、計算高いワルなのか、はたまた正義のヒーローの仮の姿か、バイオレンスに満ちたシーンと共にニコライの真の狙いは何かが明らかになることがこの作品のオチになっていました。

 全編を通じてクローネンバーグ監督のスタイリッシュでありながら、いぶし銀のような風格のあるた作品です。ロンドンの街並みがまるでロシアの中にいるような錯覚を感じてしまうのも見所の一つ。
 ただラスト時間切れのためか、唐突にストーリーを打ち切りで終えたところに多いに不満を感じました。「そりゃあねぇだろう」とね。
 それでもヘビーな映画通には、ぜひお勧めしたい作品です。見応えはありますよ。

流山の小地蔵