劇場公開日 2024年1月19日

「若き日のデ・パルマの才能を感じよ❗」悪魔のシスター kazzさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0若き日のデ・パルマの才能を感じよ❗

2024年2月25日
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鑑賞方法:映画館

92分の映画を観るために、片道2時間30分かけて新宿の劇場へ。
“シネマート新宿”には2〜3年に一度くらいしか行かないが、何故かいつも雨…。
大小2つあるスクリーンの大きい方に本作はかけられていて、300超の客席がほぼ満席だった。客層は老若男女様々。
な〜んだ、皆んなデ・パルマが好きなんじゃないかい!
…と、思いつつ、この映画が劇場で観られることの喜びを噛みしめたのだった。

この映画はデ・パルマの日本初上陸作品。これ以前の作品は、かつてソフトがリリースさたことがある作品も今は廃盤となって入手困難だ。
ヒッチコックに傾倒していたデ・パルマが、初めて手掛けたサスペンスである。

ハリウッドで挫折したデ・パルマがニューヨークに戻って撮ったこのホラーテイストのサスペンスは、ザ・ニューヨーカー誌の映画評などで絶賛され、全米公開時には“The most genuinely frightening film since Hitchcock’s ‘Psycho’!”(ヒッチコックの「サイコ」以来最も恐ろしい映画!)というハリウッドリポーター誌のコメントがPRに用いられた。異常殺人の題材が『サイコ』(’60)を連想させるだけでなく、演出技法で同じヒッチコックの『めまい』(’58)や『裏窓』(’54)からの引用があることをアメリカの批評家たちは読み取っていたはずだが、後にデ・パルマが否定的評価を受ける“ヒッチコック的”な面について、この時点では非難の的とはなっていない。

一方、日本公開時のポスターには「“エクソシスト”を凌ぐ衝撃」と書かれていて、配給側はサスペンスではなく恐怖映画に分類して訴求しようとしたことがうかがえる。(それ程『エクソシスト』(’73)の印象が日本人には強く残っていたということでもある)
デ・パルマ自身はヒッチコックへの憧憬の他にポランスキーの『ローズマリーの赤ちゃん』(’68)にインスパイアされたことを後に語っている。意識朦朧となった主人公が結合双生児の分断施術の幻覚を見る最もホラー的なシーンに、その影響が現れているのかと思う。

私が最も好きなデ・パルマ作品『殺しのドレス』(’80)では、主人公だと思われたアンジー・ディキンソンが殺され、途中から登場したナンシー・アレンが主人公となって捜査をする。
この、主人公が殺されて途中で別の主人公が引き継ぐ構成は、『サイコ』の模倣だと言われている。
本作も、主人公だと思われたマーゴット・キダーが事件を隠蔽する側にまわり、途中から登場したジェニファー・ソルトが主人公となって捜査をする。ただ、キダーは殺されずに出続けるので『サイコ』との類似性をそれ程感じない。『殺しのドレス』はこれを焼き直したのだと思う。
とはいえ、犯人が死者の人格を内包していてその人格に支配されている設定は、明らかに『サイコ』から着想されていて、それを死者とは知らず後に殺される犠牲者が2人の口論する声を聞くところなどは、マルっと拝借している。
『殺しのドレス』はこの設定を性倒錯の二重人格に発展させている。

デ・パルマがこの映画で試みたのは、事件が起きる前にキダーが演じるダニエルを守られるべきヒロインだと観客に信じ込ませる操作だ。長めの尺を割いてその計画を進めるために、ウィリアム・フィンレイがつきまとうサスペンスや、キダーのエロティックな場面を散りばめて観客を飽きさせない工夫をしている。
また、密室で殺戮が行われるため、状況的にダニエルしか犯人たり得ないことをカモフラージュするために、意味不明な薬をキーアイテムのように登場させている。

『サイコ』のマリオン(ジャネット・リー)は殺される前から自身が犯罪者で、その犯罪をめぐるサスペンスかと思わせておいて、全くそれとは関連性のない事件が本筋となることで観客の意表を突いている。
本作では、観客はダニエルをヒロインだと思わせられているので事件が起きても直ぐに彼女が犯人だとは思わず(あるいは、あの薬が切れた所為かと思い)、彼女を守るヒーローなのかと思われた黒人青年が殺されたことに戸惑う。
ダニエルは犯罪に巻き込まれたかわいそうなヒロインのままなので、逆に目撃者の記者グレース(ジェニファー・ソルト)がヒロインを追い詰めるのではないかと心配になる。
観客はデ・パルマの術にまんまとハマってしまっているのだ。

『サイコ』は死者である母親にノーマン(アンソニー・パーキンス)が心の中で支配されていたという事件の真相の後に、母親は実際に亡霊と化して存在しているかのような終幕が衝撃的だった。
『悪魔のシスター』は、事件そのものよりも、結合双生児の一方であるダニエルに対するブルトン医師(ウィリアム・フィンレイ)の変質的な愛が背景にあることが不気味だ。
結合双生児のもう一方ドミニクの死の真相、ダニエルが男と関係をもつとドミニクの殺意が表面化する理由、そのどちらにもブルトン医師の異常愛が影響しているのがなんとも気味悪い。

また、かつて警察を糾弾する記事を書いた記者グレースの訴えを刑事がまともに取り合わないとか、精神病患者の静養施設で施設長のブルトン医師がグレースを新たな入居患者だと言っただけで、職員は彼女の言う事を異常者の発言だと思いこんでしまうなど、人間心理の皮肉を巧みに用いている。

そして、ブルトン医師に催眠術をかけられたままのグレースは、ブルトン医師が死んだことによって生涯催眠から解かれることがないという、想像するに恐怖が増す結末で、事件は解決されない。
ダメ押しのエンディングには、死体が隠されたカウチの行方を追い続けている探偵ラーチ(チャールズ・ダーニング)の姿を映すのだが、誰かが何も知らずあのカウチを手に入れて、なにかの拍子に、あるいは死体の腐敗でそれに気づくところまでを想像すると、身の毛がよだつ終幕だ。

この作品で、デ・パルマはすべてのシーンに絵コンテを起こしたという。そこには既にデ・パルマ カットの片鱗があった。

ダニエルが男をベッドに誘って体を重ねる場面で、抱き合う二人を捉えたカメラの視線が徐々に下がりながら寄っていくと、遂にダニエルの腰に恐ろしげな傷跡が現れる。ここではバーナード・ハーマンの音楽が大げさに盛り上げる。
男がバースデーケーキをベッドルームに持っていく場面では、後ろからと前からのカットが交互に切り換わり、背の高い男の目線とベッドに横たわる女の位置関係を表したアンクルが絶妙だ。
スプリット画面は、事件を目撃した側と事件を隠蔽しようとする側を同時進行で見せるために極めて効果的に用いられている。
探偵ラーチが事件現場の部屋に潜入して捜査する場面は明らかに『裏窓』を真似ているが、角部屋の構造を立体的に使った点で、平面的だった『裏窓』を見事にブラッシュアップしている。(というのが贔屓目の評価!)

兎にも角にも、この映画はブライアン・デ・パルマのスタイリッシュ・スリラーの原点てあり、ここで試行されたテクニックが洗練されて『殺しのドレス』『ミッドナイト・クロス』『ボディ・ダブル』へと昇華していくのだ。
だがその路線は、逆に彼への評価を下げていく皮肉も招いている。彼がサスペンス以外のジャンルでテクニックを練磨していたら、もしかしたら彼の評価は全く違うものになっていたかもしれない。

kazz
kossyさんのコメント
2024年3月9日

ウンチクの凄さに恐れ入りました。
勉強になりましたよ~
俺もこのくらいのレビューを書きたいものです・・・

kossy
うんこたれぞうさんのコメント
2024年3月5日

共感ありがとうございますm(_ _)m

うんこたれぞう
じゃいさんのコメント
2024年3月5日

コメントありがとうございます! 僕なんかよりよほど分析的に細部を読み込んでおられてさすがです。ていうか、『ミッドナイトクロス』を布教するためなら何をやってもいいくらいに思い入れがありますが、いざ褒めても「これの何が面白いんだ」と言われそうで(笑)、人になかなか勧めにくいです。

じゃい