劇場公開日 1980年12月23日

「1級のエンターテインメント」シャイニング pekeさんの映画レビュー(感想・評価)

4.01級のエンターテインメント

2021年8月13日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

「午前十時の映画祭」で鑑賞。
40年ぶりぐらいに観た。レンタル・ビデオでも1度観たようにも思うが、とにかく劇場ではそれぐらい久しぶりに観た。

はじめて観たのは、高校生の頃だった。
三宮の国際会館という、だだっ広い映画館で本作を鑑賞した僕は、少なからず恐怖を覚え、観終わったあと、何だかとても気が重くなったのを記憶している。
「恐怖」といっても、映画に描かれた亡霊などの心霊現象(あるいは幻覚のようなもの)はそれほど怖くはなかったように思う。それよりも主人公のジャックが徐々に狂っていく姿、人間という生き物の中にひそむ、そして何かの拍子に顔を出すかも知れぬ、その狂気が恐ろしかったのだ。いや、もっと正確にいえば、そんなことが起こりうる人間という存在そのものにウブな高校生の僕は恐怖したのかもしれない。原作者のスティーブン・キングは、「キューブリックは恐怖というものをわかっとらん」と本作を酷評していると昔どこかで読んだことがあるが、少なくとも高校生の僕にはじゅうぶんに怖かった。

そして、ちょうどそのころ我が家でこんな出来事があった。
あることで、とてもふてくされた態度をとった妹に父が激昂したのだ。父はふだんはいたって温厚で、我々子どもたちに手をあげたことなど1度もなかったのだが、このときはちがった。度を越した妹の態度にあまりにも腹が立ったのだろう、「貴様! いい加減にしろ!」と父は妹の首に手をかけ、締め上げた。このままでは妹が死んでしまう。僕は必死に父を制止した。

僕が知るかぎり父がそんな行動をとったのは、後にも先にもそのときだけだった。それはまるで父の中から別の人間があらわれたようだった。僕はとても怖かった。その豹変ぶりに心底恐怖した。今でもそのときのことはトラウマになっている。

それ以来、僕の中でこの出来事と映画『シャイニング』はオーバーラップしている。
僕はこの映画のことを思い出すと、我が家で起きたあの恐ろしい出来事を思い起こしてしまう。父が「ジャック」と重なり、「ジャック」が父と重なるのだ(いかん、我が家の秘密をこんなところで曝してしまった)。

そんな、僕にとって曰くつきのトラウマ映画を数十年ぶりに観たわけである。

が、今回はほとんど恐怖というものを感じなかった。
何故だろう? 昔はあれほど怖かったのに……。いろんな経験をして、スレてしまったのかもしれないなぁ。

今回はエンターテインメントとして、ただただ楽しんでしまった(あのドメスティックな出来事は横に置いといて)。
まず物語の序盤、我々鑑賞者は、ジャックの家族とともに、過去の惨劇の舞台であり、これから起こる忌まわしい出来事の舞台となるホテルの中をいろいろと案内される。恐怖のホテルツアーの始まりである。お膳立てはバッチリだ。

ひと気のない夜の学校や閉院した病院……そして休業中のホテル。人が多く集まるべき場所に誰もいないというのは本当に気味が悪いものだ。
そのがらんとした空間に、ジャックが壁に投げたボールの音が響く。息子のダニーの載るスケートボードの音が響く。カーペットの所とそうでない所の音の差が効いている。それらの響きは否応なしに不吉な予感を誘う。よしよし、いい感じだ。

そして、いよいよ前半部に用意された伏線の回収がスタートする。雪に閉じ込められたホテルを徐々に狂気が支配していく。キャー!!

ここからはストーリーのことはちょっと置いといて、前回観たときには怖くてそれどころではなかったことにいくつか気づいたので、それを書こうと思う。

物語のほとんどは、閉鎖空間、つまりホテルの内部で進行するわけだが、観ていると、水平と垂直の直線で画面の多くのシーンが構成されていることがわかる。
ホテルの柱、窓枠、天井や床など、それらの水平線と垂直線がひじょうに効果的に使われているのである(歪みのほとんど出ないレンズで撮影している)。
このように水平や垂直が多用された構図は安定感をもたらすが、同時にある種の緊張感をも表現するように思う。

それからシンメトリーを意識した構図が多い点も印象的だ。このシンメトリーという構図も、上に記した水平・垂直線と同じような効果がある。
これらの画面構成が本作に独特の雰囲気を与え、ストーリーの展開に少なからず作用しているのは疑いのないところだろう。
つまり、それらの画面構成が生みだす映像効果によって、ジャックとその家族の閉塞感や、追い詰められていく心理が、より強調され、より絶妙に表現されているのである(ステディカムの導入も功を奏している)。

また、上に述べた画面効果が、本作に幾何学的映像美をもたらしているとも感じた。
今回、再鑑賞して、この作品の美しさにも僕は感動した。
巨匠キューブリックにこんなことを言っては失礼だが、映像がとてもしっかりしている。「端整」という言葉を用いてもいいだろう。

その端整な映像でとらえた、カラフルでおしゃれなホテルの内装、それから年代を感じさせる調度品や登場人物たちのファッション、倉庫の食料品のパッケージなどなど、それらを観ているだけでもじゅうぶん面白かった。とくにボール・ルームの赤と白に色分けされたトイレはとても刺激的だった(ボール・ルームの舞踏会の幻想シーンも美しく、後の『アイズ ワイド シャット』を連想させて、これにもワクワクした)。

というわけで、本作を美術作品のように鑑賞してもかなり楽しめました。

あと、「この映画の主役はダニーだな」と思わせるような、当時6歳のダニー・ロイドの演技も素晴らしかった。と付け加えて、そろそろレビューを終わることにします。

このところとても忙しいし、前にも観た作品だし、どうしようかなと映画館に足を運ぶのをちょっとためらったけれど、鑑賞して本当によかったです。
日本初公開版より20分以上長いリマスター版だということだけれど、まったく長さを感じさせなかった。
キング氏の意見は意見として、僕は、何十年経っても色あせない1級のエンターテインメントだと思いましたね。

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peke