劇場公開日 2010年9月25日

「ハリボテに徹した映画」サブウェイ 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

3.0ハリボテに徹した映画

2022年11月17日
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リュック・ベッソンという映画監督はひょっとして「模倣」以上のアプローチを何一つ持っていないんじゃないのか…?という疑念は前々からあったが、本作を見てそれが確信に変わった。もう本当に素晴らしいくらいフランス映画の美しく気持ちのいいショットや舞台装置が次から次へと現れる。サブウェイを駆けるローラースケーター、エスカレーターをタッタカ叩く名無しのドラマー、筋骨隆々のシャイな黒人。あれっ?あなたたちどっかで会ったことありますよね?えっと確かゴダールの映画かどっかで。

でも、そういうものだけで作品が持続するかというとそれはちょっと難しい。不思議な地下空間もハッとするような美女との恋の駆け引きもだんだん先鋭性を失っていき、その薄皮一枚隔てた向こう側で生焼け肉みたいな物語が腐りかけているさまをやがて我々は発見してしまう。美しいですね。カッコいいですね。で、このクソみたいな中身は何?

けれどリュック・ベッソンは最後の最後の最後まで模倣という表層に留まり続ける。美女の家庭の薄っぺらい人間模様や地下生活者と駅員のどうでもいい追走劇などを露呈させながら、あくまで美しいこと、カッコいいことにこだわり続ける。私は不覚にもあのラストシークエンスに息を呑んでしまった。銃弾に倒れゆく主人公。彼は泣き出す美女に向かって微笑む。

「あとで電話するよ」

これは死ぬ気でキザを徹しなければ決して出てこないセリフだと思った。

思えば内容がなければ映画として劣っている、などというのはいかにも前近代的な批評眼かもしれない。リュック・ベッソンの一世代前に当たるゴダールやトリュフォー、以下カイエ・デュ・シネマの批評家や映画作家たちが内容ではなく運動や演出に重きを置いたことを思えば、本作のハリボテ性もそうした文脈に沿っているといえるんじゃないでしょうか、などと考えてみるのはやっぱり無理があるでしょうか。罷り間違っても「名作」とはいえないけれど、記憶に残る作品だった。

因果