劇場公開日 2013年3月9日

「ヌーヴェルヴァーグ・ネオレアリズモ風味」殺し(1962) 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0ヌーヴェルヴァーグ・ネオレアリズモ風味

2023年5月31日
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ゴダールに衝撃を受けて詩人から映画監督に転身したベルナルド・ベルトルッチの処女作。プレーンな物語と饒舌なショットの対比にヌーヴェルヴァーグの精神が強烈に漂っている。語り手によって仔細の異なる証言を都度都度再現する映像は「全てを客観的に切り取ることができる」というカメラの傲慢を決然と否定する。本作の直接の参照項が黒澤明の『羅生門』であることはわざわざ明言するまでもない。ネオレアリズモに少なからず影響を受けた黒澤明が十余年を経て今度はイタリア映画の文脈に影響を与えるという映画史の壮大なインタラクティビティを目撃できたというだけでも本作を見る価値があった。

見るたびに深い睡魔へと誘われてしまうヌーヴェルヴァーグをそれでも見ようと思えるのは、ボーッとしていたら見逃してしまいそうな小さな所作や光景が奇跡のような輝きを放つ瞬間があるからで、本作にもそういうシーンがいくつかあった。個人的には金欠の青年がラジオを盗もうとするシーンが好きだ。持ち主にバレた青年は「こちら側からはあなたの姿が見えなかったんです、ラジオだけが置き去りにされているのかと思って」と釈明する。もちろんこれは咄嗟の言い訳なのだが、思わずハッとさせられる。カメラが見ている世界は登場人物たちの視界と等価ではないのだ。このシーンもまたカメラの傲慢に対する一つの反証だろう。あとは鏡という装置の多用もヌーヴェルヴァーグっぽいなと思ったが、それが具体的にどういう機能を果たしているかまではわからなかった。

他方、当時のフランス映画に絶大な影響を受けた映画とはいえ、個々の人物像にはネオレアリズモの残り香が漂っていると感じた。娼婦、貧しい若者、放蕩家…不甲斐ない夫に向かって容赦なく罵詈雑言と刃物を振り回す妻というのもフランスではまずお目にかかれない代物だ。実を言うとベルナルド・ベルトルッチの映画を見るのはこれが初めてだったのだが、他の作品も是非見てみたくなった。とりあえず『ラスト・エンペラー』あたりから手を付けようかな…

因果