劇場公開日 2024年3月15日

「刑事たちのドラマが見応えあり」12日の殺人 ありのさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0刑事たちのドラマが見応えあり

2024年4月29日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

 若い女性がガソリンをかけられて生きたまま焼き殺されるというショッキングなシーンから始まる本作。フランスで実際に起きた事件を元にしているというから、何とも衝撃的である。

 映画はこの事件を書いたノンフィクション小説をベースに敷いているということである。ただ、物語に登場する刑事や容疑者等は、必ずしも事実に即しているというわけではなく、そこには脚色が入っているらしい。
 しかし、それでもかなりのリアリティが感じられる映画だった。カタルシスを極力排したストイックな作劇が、事件の悲劇性をヘビーに物語っている。

 逆に、エンタメだと思って観てしまうと物足りなく感じる作品かもしれない。事件捜査の過程を綿密に盛り上げるのではなく、事件の謎に翻弄される刑事たちの姿に重点を置いた作りは、サスペンス的な面白さを失している。

 例えば、劇中には何人か有力な容疑者が登場してくるが、ヨアン率いる捜査チームの追及が淡泊に映ってしまい、観てて歯がゆく感じられてしまった。また、被害者であるクララの家庭事情や交友関係といったバックストーリーも形骸的で、捜査の中心となる部分が完全にぼかされてしまっている。こうした作りからも分かる通り、本作は本格的なミステリーとは言い難い。

 とはいえ、捜査の舞台袖で描かれる刑事たちの人間ドラマが中々魅力的で、これがあることで面白く観れたのも事実である。

 捜査の指揮を務めるヨアンは冷静沈着で真面目な男。ユーモアには欠けるかもしれないが、時折見せる人情味あふれる表情が魅力的で、事件に真摯に向き合う姿勢にも好感が持てた。

 また、ヨアンの相棒となる中年捜査員マルソー、後半から登場する女性捜査員ナディアのキャラクターも中々に良い。マルソーは家庭内に問題を抱えており、それが原因で捜査にトラブルを持ち込んでしまう。ナディアは本作のテーマを語る上では欠かせないキャラクターであろう。男性社会における女性の生きづらさを象徴するキャラクターとなっている。

 監督、脚本は「ハリー、見知らぬ友人」のドミニク・モル。シュールでブラックなコメディだった「ハリー~」に比べると、まったく毛色の異なる本作だが、人間の深層心理に潜む”嫉妬”だったり、”悪心”といったイヤな一面をフィーチャーした点は共通している。

 特に、本作では”嫉妬”という言葉が度々登場してくるのが印象的だった。今回の事件も”嫉妬”からくる私怨が原因だと思うのだが、この”嫉妬”という感情は非常に厄介なものである。恋愛関係や仕事等で、人はどうしても他者と自分を比較してしまいがちになる。そこで生まれる”嫉妬”は時に人を狂気へと走らせてしまう。

 ヨアンは常にポーカーフェイスで感情を表に出さないように自制している。時折ロードバイクでトラックを周回している姿が映し出されるが、そうしてストレスを発散することで、どうにか心のバランスを保っているのだろう。”嫉妬”や”悪心”と無縁そうに見える彼だが、そんな彼でもやはり自分の心の弱さには勝てないのだ。そこに人間の本質を見てしまった。

ありの