劇場公開日 2024年2月2日

「【熱の映画】」熱のあとに てっぺいさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5【熱の映画】

2024年2月9日
iPhoneアプリから投稿

狂気でしかない愛の形が描かれる冒頭。そんな熱のあとに、狂気が正気に見えてくるほどの演技力と演出に惹きつけられ、色んな想像を掻き立てるラストには見ているこちらの熱が出る。

◆概要
2019年に起きた新宿ホスト殺人未遂事件から着想を得て描かれるオリジナルストーリー。2023年・第28回釜山国際映画祭ニューカレンツ部門、第24回東京フィルメックス・コンペティション部門出品。
【監督】
山本英(東京藝術大学大学院での修了制作「小さな声で囁いて」で注目された若手監督。本作で商業映画デビュー)
【出演】
橋本愛、仲野太賀、木竜麻生、坂井真紀、木野花、鳴海唯、水上恒司
【公開】2024年2月2日
【上映時間】127分

◆ストーリー
自分の愛を貫くため、ホストの隼人を刺し殺そうとして逮捕された沙苗。事件から6年後、彼女は自分の過去を受け入れてくれる健太とお見合い結婚し、平穏な日常を過ごしていた。しかしある日、謎めいた隣人女性・足立が沙苗の前に現れたことから、運命の歯車が狂い始める。


◆以下ネタバレ


◆狂気
冒頭、堕ちていくように階段を駆け下りていく沙苗。血まみれの隼人、返り血を浴びた沙苗はスプリンクラーに濡れながらその表情には笑みが。そんな狂気が描かれる冒頭から、健太と長いトンネルを抜け、“熱のあと”の沙苗に明るい未来を示すような光が当たり出し、タイトルへ。足立に翻弄されながら、沙苗は時には自害を図り、恐怖におののき逮捕を望む。健太との夫婦生活も、“幸せだった時もあった”と語る健太とは裏腹に、沙苗はどこかいつも上の空で、その姿は揺らめくよう。本作を通して描かれる沙苗の運命は、常に危うくも脆くも見え、そのどことない緊迫感に終始惹きつけられた。

◆正気
「演じていくうちに沙苗の正気と狂気が逆転する瞬間があって痺れた」と語る橋本愛。カウンセリングでは沙苗は常に彼女の中で正気であり、カウンセラーの、つまり世にとっての正気との間に苦しむ。健太という、ある意味一番人間らしい、世間の正気とも当然噛み合う事はない。やがて訪れる隼人の影に再燃する沙苗の“熱”。隼人がまだ持っていた靴に何かを確信し、隼人のもとへ向かう沙苗は、まるで自分自身を問うための最終地へ向かうよう。妄信的に見えつつもどこか彼女の狂気が正気に思えてくるような、不思議な感覚だった。そんな感覚になる事を見透かすように、プラネタリウムで沙苗がしずかに隼人にぶつける正気が、幼い純心にはただ泣き出してしまうほどの狂気として描かれる。正気と狂気が静かに混在するあのシーンが本作ならではで、1番の山場だった。

◆ラスト
本作のラストについて「二人に残されている手段は見つめ合うことしかないんじゃないか」と考えたという監督。沙苗はついに再会した隼人について、“時が経ち、お互いが変化していた”と語ったように、健太との触れ合いを通じて自らに変化があった事を暗に示す。健太もついには沙苗から刺される事を欲するほど、本当の意味で沙苗の正気に寄り添い始めていた。“戦争を解決する手段”、つまりどうにも解決しようのないほど距離のあった2人のそれぞれの正気は、長い旅路の果てに寄り添い合い、60秒見つめ合う事でついに交わる事になったのか。サイドブレーキをかけたラストカットは、交差点のど真ん中でクラクションを鳴らされながら、そんな世間との接点を閉じるような、映画冒頭のような“愛の形”に解を帰着させた演出にも見えた。つまり2人は、世間の正気とは違う正気の“愛の形”へと向かった…。ただし、サイドブレーキをかけたのは2人ではなく、沙苗1人の手だったというのもまた別の意味での想像がわくのだが。

◆評価(2024年2月2日現在)
Filmarks:★×3.5
Yahoo!検索:★×3.6
映画.com:★×3.5

てっぺい