コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第27回

2021年1月20日更新

どうなってるの?中国映画市場

北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数279万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!


第27回:コロナ禍を経て世界一の映画市場に! 2020年を総括する“10大ニュース”を発表

2020年、世界は新型コロナウイルスの影響を受け、さまざまな業界が前例のない危機に陥りました。映画業界も同様です。北米映画市場の年間興行収入は、19年の約2割程度。全世界の年間興収は、19年から7割以上も激減しました。新型コロナウイルスを巡る状況が落ち着いた中国では年間興収が北米市場を超え、初の世界1位となりましたが、市場自体は完全復活とはいえない状態です。今回は10個のテーマをチョイスし、2020年の中国映画市場について語ってみたいと思います。

1、世界一の映画市場に発展
「八佰(原題)」
「八佰(原題)」

中国年間興行収入(市場の累計)は、204億1700万元(約3243億円)。19年の642億6600万元(約1兆円)対比で68.2%減という数値になりました。一方、北米映画市場は、コロナ禍のダメージが大きく、19年対比の約20%。約23億ドルに留まりました。この結果、2020年の中国年間興収は、北米市場を突破し、初めて世界一の映画市場になったんです。

20年度の中国映画市場は、スタートからわずか23日後、新型コロナ感染拡大の影響を受け、中国全土の映画館が営業休止に。178日もの間、映画館が休館するという事態になりました。映画館が再開したのは、7月20日のこと。幾度ものトラブルに見舞われながらも、市場全体は徐々に回復していきました。

ハリウッドの大作映画は、大半が上映延期。そのため、外国映画を含めた総合興収ランキングのベスト10は、全て中国映画となりました。中国映画の年間市場占有率は、83.7%という極端な数値まで上昇。劇場再開後の夏休みには、戦争映画「八佰(原題)」が映画市場復活の“起爆剤”に。国慶節の大型連休には、多くの大作が同時公開したことで、前年度同時期興収の8割を稼ぎ出しました。

とはいうものの、中国の映画業界人に「中国の国産映画だけで市場を支えられるか」と質問すると、ほとんどの人がはっきりと「厳しい」と答えています。2020年は、世界の映画業界にとって「激動の1年」とも言えるでしょう。単純な興収の激減だけではなく、映画の鑑賞手段、映画館の運営などにも色々な変化が起こりました。中国の映画業界も含め、映画界全体に大きな影響が及んでいます。

2、希望の光が見えなかった178日間――映画館の営業中止
「唐人街探案3(原題)」
「唐人街探案3(原題)」

新型コロナ感染拡大の影響を受け、妻夫木聡長澤まさみ浅野忠信らが参加した国民的シリーズ第3作「唐人街探案3(原題)」をはじめ、旧正月(1月25日~2月8日)に公開を予定していた話題作は、全て延期となりました。映画館が営業中止の決断に踏み切った頃、シュー・ジュン監督(「薬の神じゃない!」出演)の新作「Lost in Russia(英題)」は、配信サイト「西瓜動画」で急遽無料配信。このニュースを除き、ほぼ全ての中国人の関心は、新型コロナウイルスの報道に集中していました。

「Lost in Russia(英題)」
「Lost in Russia(英題)」

感染拡大が落ち着き、各業界が徐々に復活を遂げるなか、映画館だけはなかなか営業を再開することができませんでした。一時期「3月末に再開する」という動きもありましたが、結局営業中止のまま。中国最大の映画製作・配給会社「万達電影」は、全社員の20~30%をリストラ対象にし、同じく大手映画会社「博納影業」の副総裁・黄巍(ホアン・ウェイ)氏が自殺。映像関連会社3000社以上が倒産するなど、映画業界は崩壊寸前でしたが、7月20日、ようやく条件付きでの映画館の営業再開が可能になったんです。

3、超大作「八佰」が世界興行収入1位に

興収31億1000万元(約494億5000万円)を記録した「八佰(原題)」は、2020年度の全世界興行収入1位に輝きました。19年の10大ニュースでも言及していた作品です。本作は、中国の大手映画会社「Huayi Brothers」が製作費8000万ドルを投じ、20万平米のオープンセットを建設。リアリティを追求するため、200メートルの川も作り上げてしまいました。しかし、19年時点では“技術的問題”によって、上海国際映画祭のオープニング上映を直前にキャンセル。公開自体も中止になっていました。「Huayi Brothers」は存続の危機に陥ってしまいましたが、20年は検閲が若干緩和したため、ようやく劇場公開が決定したのです。

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公開日となったのは、8月21日。その前に、中国全土で先行上映が行われ「夏休みらしい、良質なエンタメ」と評価されたため、観客の期待値は急上昇。日中戦争を題材にしていることから、中国人にとっては感情移入がしやすく、多くの人々が映画館へに足を運びました。

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「八佰(原題)」の成功は、数字の勝利に留まらないと思います。映画、そして映画館の魅力に関する「強いメッセージ」を打ち出したことで、中国映画市場復活の象徴になったと言えるでしょう。“技術的問題”で上映できなかったことも含めて、この作品の軌跡は、まるで映画のようでした。

4、市場復活! 国慶節に“最強のラインナップ”
「愛しの故郷(ふるさと)」
「愛しの故郷(ふるさと)」

国慶節の大型連休(10月1日~10月7日。その年によって、期間の変更あり)では、各映画会社の話題作が上映されます。8月21日から上映された「八佰(原題)」の大ヒットを受け、各映画会社は国慶節での成績に期待を寄せていました。映画館再開から約2カ月――コロナ感染者がゼロとなったことで、中国政府は映画館の着席率を、75%まで引き上げました(7月20日の再開時点では30%、8月中旬には50%)。

「姜子牙(原題)」
「姜子牙(原題)」

緩和措置を受け、旧正月での上映を断念していたピーター・チャン監督作「奪冠(原題)」、ジャッキー・チェン主演作「急先鋒(原題)」が9月30日、アニメーション映画「姜子牙(原題)」が10月1日に上映されることが決定。さらに、興収31億4000万元(約486億7000万円)を稼いだオムニバス映画「愛しの母国」の姉妹編「愛しの故郷(ふるさと)」を加え“最強のラインナップ”が完成したんです。連休全体の総動員数は約9959万人、興収は39億5000万元(約624億1000万円)を記録。19年の50億5000万元(約787億7000万円)に次ぐ歴代2位の興収となりました。

5、クランクインからわずか3カ月で上映! 謎めいた大作「金剛川」

8月上旬にクランクインし、9月20日に撮影終了。10月23日には劇場公開をスタートさせ、興行収入11億2000万元(約178億800万円)を稼ぎ出し、世界興行収入ランキングの10位に食い込んだ。それが、戦争映画「金剛川(原題)」です。情報解禁当初、この作品には多くの“謎”があったんです。

「金剛川(原題)」
「金剛川(原題)」

近年の中国では、愛国心を利用し、歴史モノや戦争映画を製作するという事例が、毎年あるんです。「八佰(原題)」も、ある意味その範疇に含まれた作品でしょう。しかし「金剛川(原題)」に関しては「朝鮮戦争勃発70周年記念映画」とだけ明かされ、クランクイン直前まで、詳細が一切不明でした。あまりにも突然登場した大作だったので、観客も疑問だらけ。しかし、これほどの短期間で大作を製作して上映するという点が、現在の中国映画界のパワーを実感できるようなエピソードでしょう。

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筆者紹介

徐昊辰のコラム

徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。

Twitter:@xxhhcc

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