コラム:清水節のメディア・シンクタンク - 第11回

2014年11月21日更新

清水節のメディア・シンクタンク

第11回:地球時間とデジタルに抗え!時空を超える「インターステラー」創作の秘密

ここで警報発令。ストーリーの核心に触れるネタバレなどはしないが、事前に創造の源、制作のビハインドを知ることで驚きが薄れると考える人は、先を読み進むか否か、各自判断してほしい。

■時間旅行を可能にするキップ・ソーンのワームホール理論

キューブリックは、人類の月着陸以前に「長く語り継がれる優れたSF映画を作りたい」として、科学的知識に基づくSF小説で著名なアーサー・C・クラークに声を掛け、「2001年宇宙の旅」を創造した。ノーランにとって「インターステラー」の科学的バックボーンとなったのは、理論物理学者キップ・ソーンの理論だ。アインシュタインの相対性理論は光速ロケットが“ウラシマ効果”をもたらし、結果的に時間旅行を可能にすると説く。ソーンはその考えを押し広げたと言っていい。「コンタクト」執筆中のカール・セーガンから、人類が地球外生命と接触可能な方法について監修を求められたソーンは、時空の2地点を結ぶ通過可能なワームホール理論を提唱。それは科学的に説明可能なタイムトラベルの原理だった。興味を抱いたなら、1994年(邦訳97年)に出版されたソーンの著書「ブラックホールと時空の歪み/アインシュタインのとんでもない遺産」をお薦めしよう。

どうにもこうにもチンプンカンプンだというなら、こう考えればいい。ノーランは、「メメント」の主人公に10分間しか記憶を保てないという症状を課した。「インセプション」では他人の夢の中への侵入方法や夢の中でさらに夢を見ることができるという構造を設定した。荒唐無稽なSFならば、「ワープ!」の一言で済まされてきた遠距離の宇宙航行に、今現在考えうる最大限の科学的リアリティを与えるのが、キップ・ソーンの理論だ。滅びゆく地球の現実は食い止めようもないが、遙か遠くの宇宙へ旅をし、ある目的を果たして帰還することが主人公のミッション。地上の娘と宇宙の父に流れる時間が異なることから、ドラマティックな展開は生まれる。

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■フィルム主義を貫き通し、IMAXキャメラで宇宙の驚異に迫る

さて、撮影技法に関する話をしよう。2012年のドキュメンタリー映画「サイド・バイ・サイド/フィルムからデジタルシネマへ」の中で、ノーランはこう語った。「新しい選択肢があれば移行が始まるが、古い選択肢が消えるとは限らない。必要なら残る」。フィルム至上主義者であるノーランは、未だデジタル化の流れに抗っている。3Dの採用は却下し続けてきた。映写設備がほぼデジタル化され、興行関係者が難色を示すにもかかわらず、本作は米国で公開前の2日間だけフィルム上映された。そう、「インターステラー」は35mmと高精細度映像IMAX用の65mmフィルムで撮影されている(上映用ネガは70mm)。それは愚直にも、映画とは何かと問い続ける孤高の闘いだ。そして実際、「宇宙空間の暗部はフィルムの方が美しい」という称賛の声も沸き起こっている。

ノーランは映像体験を限りなくリアルにするべく、最上級の撮影手段を選ぶ。ワームホールやブラックホールの驚異を観客に伝えるため、IMAXキャメラは不可欠だった。「ダークナイト」で長編実写映画に初めてIMAXキャメラを使用したノーランは、本作では機動力をも追求している。ドキュメンタリー・タッチで見せるため、巨大かつ重厚なIMAXキャメラで手持ち撮影まで敢行。NASAは狭い船内でIMAXキャメラを使用した実績もあることから、撮影監督ホイテ・バン・ホイテマは「俳優の宇宙ヘルメットや宇宙服にもIMAXキャメラを取り付けられるよう改良した」と語る。小型ジェット機の尖端にIMAXキャメラを取り付けて撮影したシーンさえある。客観的な引き画とは異なるそれらの映像は、観る者に宇宙飛行士の恐怖や感動を生々しく伝えるのだ。

■CGやグリーンバックを極力避け、実体ある物をライブ撮影

アルフォンソ・キュアロン監督作品「ゼロ・グラビティ」は、長回し撮影によって宇宙の極限状態を体感させたが、撮影にはVFXが多用されていた。ノーランのアプローチは全く異なる。実体のある物や場所を望み、グリーンバック撮影などの合成技術を極力避け、その場でライブ撮影することをベースとする。砂埃の猛威が必要となればCG処理することなく、C-90と呼ばれるボール紙を粉砕した素材を巨大送風機で大量に撒き散らす。凍て付いた氷の惑星上の別世界を必要とするなら、極寒のアイスランドまで赴いてロケ撮影を行う。

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3機の宇宙船が登場する。質感はCGよりもミニチュアの方が勝るとノーランは判断し、シャトルのレインジャー号、貨物運搬用のランダー号、そして母船エンデュランス号の模型が造られた。最大のもので全長7m以上もあったため、“マックスチュア”と呼ばれるようになったという。ノーランは語る。「ミニチュアを使った撮影では、思いがけないことや計画不可能なことを見せてくれるから素晴らしい。それは偶発的な幸運だと思う。ランダムな要素によって生命を感じさせる映像になる」。レインジャーとランダーは実寸タイプも造られている。

当然のことながら、セットは居住性と俳優の実感を熟慮して造り込まれる。60mを要したエンデュランス号の円弧状のセットは、液圧システムで駆動する3つの回転軸をもった巨大なジンバル(回転台)に設置され、宇宙航行シーンのために、180度傾けることを可能にした。船内の無重力表現もCGに頼っていない。セット内の大道具・小道具を逆さにした状態でハーネスを付けた俳優をワイヤーで吊り下げ、彼らをコントローラーで動くクレーンによって自在に操る装置を開発。俳優を浮遊させるその装置を操作したのは、ノーラン自身だった。

ちなみに小道具に関するささやかなトリビアを紹介しよう。マシュー・マコノヒーが着用している腕時計の盤面に注目してほしい。「ハミルトン」の文字が読み取れるだろう。アポロ計画の宇宙飛行士が着用していたのはオメガだったが、「2001年宇宙の旅」に登場する腕時計と卓上時計は、キューブリックの意向により、ハミルトン製だったのだ。本作にとって重要な「時」を刻むアイテムにも、ノーランのオマージュは行き届いている。

>>次のページ:ロボットTARSは、俳優が操りながら演じるパペット 

筆者紹介

清水節のコラム

清水節(しみず・たかし)。1962年東京都生まれ。編集者・映画評論家・映画ジャーナリスト・クリエイティブディレクター。日藝映画学科中退後、映像制作会社や編プロ等を経て編集・文筆業。映画誌「PREMIERE」やSF映画誌「STARLOG」等で編集執筆。海外TVシリーズ「GALACTICA/ギャラクティカ」日本上陸を働きかけ、DVD企画制作。著書に「いつかギラギラする日/角川春樹の映画革命」、新潮新書「スター・ウォーズ学」(共著) 。WOWOWのノンフィクション番組「撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画制作でギャラクシー賞、民放連賞最優秀賞、国際エミー賞受賞。

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