コラム:第三の革命 立体3D映画の時代 - 第8回

2010年6月30日更新

第三の革命 立体3D映画の時代

第8回:メガネのいらない3D映画は実現するか?(2)

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【図6】日本万国博覧会・ソ連館の「ステレオ70」システム。京都・佐々木研究所による図を元に、筆者が作図したもの
【図6】日本万国博覧会・ソ連館の「ステレオ70」システム。京都・佐々木研究所による図を元に、筆者が作図したもの

■ステレオ70

1965年には、新しく“ステレオ70”というシステムが、A・G・ボルトヤンスキーによって開発された。これは70mm5パーフォレーションのフィルムを左右に分割したサイド・バイ・サイド方式で、アスペクト比は1.37:1のスタンダード・サイズになる。

ステレオ70も、ある時期までは裸眼立体上映されていた。これが正確にいつまでだったかが不明確で、「1976年に廃止された」という研究者がいる一方で、1989年の段階で「いくつかの小さな都市では、まだ残っている」という数人のライターの証言がある。したがって曖昧な結論しか述べられないが、初期においては実際に裸眼上映されており、その後は偏光フィルターによるパッシブ・ステレオでの公開のみになったと言える。

なお驚くことに、日本国内でも1970年に大阪で開催された日本万国博覧会のソ連館で、ステレオ70による裸眼立体映像上映が行われた。この時、用いられたレンチキュラー式ラジアルラスターはサイズが4×3mで、各レンズは上側が幅1.5mm、下側が幅1mmの透明ビニールで作られた半円錐が、1700本並んだものだった。残念ながら上映作品のタイトルは不明である。限定的な公開だったようで、万博の公式ガイドブックやソ連館のパンフレットにも一切記載がなく、実際に見た人は非常に少ない。【図6】

その貴重な1人である、東京大学先端科学技術研究センター初代センター長の故・大越孝敬氏は、「眼の疲労が著しく、決して見やすいものではなかった。この時期に至るまで研究が続けられたことは、むしろソ連の特殊な国内事情(強力な推進者の存在)によったものと思われる」と記している。

1991年7月に発行された、ソ連の映画テレビ技術誌“Tjekhnika Kino i Tjeljevidjeniya”では、「現在、連邦全土に20館以上のステレオ70劇場、35mm縮小版を上映する劇場が20館以上あり、さらに1992年末までに15〜20館の開館が予定されている。加えてフランス、フィンランド、ポーランド、ブルガリア、ルーマニアに開館し、東ドイツでは移動式ステレオ70劇場が複数のシアターで試みられた」とされている。なおこの記事でも、「現在は偏光メガネを採用」と記されている。ただし、この直後の1991年12月25日にソ連が崩壊し、実際の劇場建設がどうなったのか分からない。

「イワンのばか」を題材にした、ボリス・リトサレフ監督のステレオ70用子供向け長編映画「Na zlatom kryleitsje sidjeli…」
「イワンのばか」を題材にした、ボリス・リトサレフ監督のステレオ70用子供向け長編映画「Na zlatom kryleitsje sidjeli…」

ステレオ70用のコンテンツは、長編19本、短編19本が作られている。前述の「第63回国際フィルム・アーカイブ連盟東京会議2007」では、1970年制作のアレクサンドル・アンドレヤウスキー監督による長編作品「Parad attraksionov」(英語表記「Parade Attractions」)の一部が、偏光メガネによるパッシブ・ステレオで上映された。淡水中の生物たち、色鮮やかなインコの群れ、ボードビリアンたちの見事な曲芸などをアトランダムに繋いだ華やかな作品だった。

【図7】サイクロステレオスコープの原理
【図7】サイクロステレオスコープの原理

■フランスの裸眼立体映画

では、裸眼立体映画を実現させた国はソ連だけだったのかというと、実は違う。フランスにも、かなりユニークなシステムが存在していたのだ。

1935年にF・サボアという人物が、スクリーンの周囲を円筒形のグリッドで囲み、これをグルグル回転させることで裸眼立体視を実現させるシステム「サイクロステレオスコープ」を考案した。これはノエイロンの振動式パララックス・バリアを改良したもので、実際に1945年9月から1946年10月ルナパーク(遊園地)にデモ機が設置されて公開実験を行った。

その後、見やすくするためにグリッドにテーパー角が付けられ、クリシー・パレスの映画館において1953年に公開されたそうである。【図7-8】

【図8】クリシー・パレスに展示された サイクロステレオスコープの映像
【図8】クリシー・パレスに展示された サイクロステレオスコープの映像

■その後の裸眼立体映画

こういった劇場向けの裸眼立体システムは、鑑賞者の頭の位置を厳密に固定しなければならないという問題で、自然消滅していった。その後は、研究が立体テレビにシフトし、リアプロジェクションや液晶ディスプレイで実用化されていく。

大きなものでは、2005年に開催された愛・地球博の長久手日本館に、「ジオスペース」というシステムが展示された。これは50インチのパララックス・バリア・スクリーンにDLPでリアプロジェクションするユニットを12台組み合わせ、180インチ(4079×2286mm)というサイズを実現させたものだった。しかしこれほどの大きさになると、パララックス・バリアが自重で歪んでしまい、時間と共に立体視はできなくなっていく。やはりまだ裸眼立体視は、小型のディスプレイに向いているようである。

筆者紹介

大口孝之のコラム

大口孝之(おおぐち・たかゆき)。立体映画研究家。59年岐阜市生まれ。日本初のCGプロダクションJCGLのディレクター、世界初のフルカラードーム3D映像「ユニバース2~太陽の響~」のヘッドデザイナーなどを経てフリー。NHKスペシャル「生命・40億年はるかな旅」のCGでエミー賞受賞。「映画テレビ技術」等に執筆。代表的著作「コンピュータ・グラフィックスの歴史」(フィルムアート社)。

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