コラム:細野真宏の試写室日記 - 第211回

2023年7月10日更新

細野真宏の試写室日記

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。

また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。

更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)


試写室日記 第211回 【特別編】福島第一原発事故を描いた「THE DAYS」「Fukushima 50」を比較してみた ドラマ&映画の“描き方”の違いとは?

「THE DAYS」
「THE DAYS」

目下、ロシアとウクライナの戦争で、世界を震撼させるリスクを大きくはらんでいる「原子力発電所の危機」が大きなニュースになってきています。

そんな中、Netflixで「THE DAYS」という「福島第一原子力発電所」の事故を描いたドラマシリーズが配信されているので、今回は【特別編】として、この作品を解説します。

2011年3月11日の大地震で起こった「福島第一原子力発電所」の事故についての映像作品が、ようやく出揃ってきたと言えるでしょう。

「Fukushima 50」
「Fukushima 50」

THE DAYS」に触れる前に振り返ってみたいのが、2020年3月6日公開の「Fukushima 50」です。

第33回日本アカデミー賞で「最優秀作品賞」「最優秀主演男優賞」などを受賞した「沈まぬ太陽」(2009年)の若松節朗監督と渡辺謙が再タッグを組んだ骨太な映画です。

評価の1つとしては、第44回日本アカデミー賞で「作品賞」「監督賞」を含む最多12部門でノミネート(優秀賞を受賞)され、若松節朗監督の「監督賞」、渡辺謙の「助演男優賞」など最多6部門で「最優秀賞」を受賞しています。

「THE DAYS」
「THE DAYS」

では「THE DAYS」について紹介しましょう。同作は、Netflixにて2023年6月から世界配信されています。製作したのは映画会社のワーナー・ブラザースです。

注目すべきは、企画・プロデュース・脚本を務めたのが、初の映画プロデュースで興行収入93億円を記録した「劇場版 コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」(2018年7月27日公開)の増本淳

増本淳プロデューサーは2019年1月にフジテレビを退社したのですが、その後「THE DAYS」を手掛けていたわけです。

しかも、「劇場版 コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」などで増本淳プロデューサーとタッグを組んでいた西浦正記監督も2019年にフジクリエイティブコーポレーション(FCC)を退社して、同作の監督をしています。

THE DAYS」は、フジテレビ出身でワーナー・ブラザースの関口大輔プロデューサーが“世界に向けたコンテンツ”を模索する中、フジテレビ時代に月9ドラマ「リッチマン、プアウーマン」でタッグを組んだ事のある増本淳プロデューサーに声をかけて始まったもの。増本淳プロデューサーが温めていた構想を、関口大輔プロデューサーにプレゼンした事で実現に至りました。

THE DAYS」「Fukushima 50」の共通点は、門田隆将による「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発」が原作となっている点です。

「Fukushima 50」
「Fukushima 50」

時系列としては、2020年3月6日公開の「Fukushima 50」は“2020年夏の東京オリンピック開催”を視野に製作されましたが、劇場公開の時点で新型コロナウイルスの影響が直撃しました。

THE DAYS」は、2020年3月にクランクイン。ところが、新型コロナウイルスの影響で、数シーンを撮ったところでストップがかかってしまいます。

そして、1年半後の2021年6月から撮影が再開。2023年2月にNetflixに納品するまで作業が続いた、8話からなる骨太のドラマとなっています。

「THE DAYS」
「THE DAYS」

さて、この2作品を評価するにあたって、私自身と「福島第一原子力発電所」の事故との関係についてもキチンと触れておきます。

「2011年3月11日」の14時46分、東北地方太平洋沖地震が起こった時に、私は“翌日の3月12日”に官邸で行われる「社会保障改革集中検討会議」に向けて、委員として論点整理を行っていました。

地震の最中は、東京の自宅にいましたが、身動きが取れず、食器が落ち続けパリン、パリンと割れる音だけを虚しく聞きながら、ひたすらデスクワークを続けていました。

その直後に、(質問を投げていた)知人の日本医師会の幹部から電話があり、専門的な話を少ししていると、その後は電話がつながらなくなってしまいました。

そして、メールさえ送ることができなくなってしまいました。

「2011年3月11日」の夜には、週刊文春のデスクにネタを提供すべく、近所のファミレスで待ち合わせをしていました。しかし、どうしてもお互いに連絡が取れず、私は「さすがにこの状況では向こうも来られないだろうし、もし来たら連絡があるだろう」と考え、自宅待機をしていました。

(ちなみに、その週刊文春のデスクは何とか電車を乗り継ぎ、近所のファミレスにたどり着いた事が後日に判明しました。夜は完全に交通手段がなくなり、仕方なく徒歩で大勢と列をなし、文藝春秋まで戻ったとの事でした)

実は、そんな状況下でも、官邸との連絡だけは不思議と出来たのです。

まずは、比較的早い段階で「明日の社会保障改革集中検討会議は中止!」というメールが入りました。

その後、しばらくして官邸の担当者から携帯電話の方にも連絡が入って、メールと同じ趣旨の事を確認してくれました。

この実体験から判断できるのは、官邸の危機管理能力は(世間で思われているより)高い、という事でしょう。

また、当時の菅直人総理大臣とは、官邸の会議の前から知り合いだったので、今回の2作品に登場する総理大臣や、官邸などの雰囲気は、割と的確に判断できるのです。

画像6

「2011年3月11日」以降の「電力関係の報道」を毎日のように見聞きし、無駄に煽りまくるメディアの姿勢にもウンザリしていました。

それこそ、“年金の初歩の初歩”の部分で、国会議員だけでなく、いわゆる専門家と呼ばれている人たちも含めて、みんなが間違えていた「社会保障」と全く同じ事を再び繰り返そうとしていたからです。

そこで、先回りをすべく、「社会保障」と同様に、「電力」の猛勉強を始めました。

震災前は、あえて断っていた電力関係の仕事ですが、震災後こそ必要だと判断し、電力関係の仕事を入れるようにしました。

本作の舞台となっている福島第一原子力発電所は当然のこと、青森県の六ヶ所村の再処理施設や、全国の原子力発電所などを視察して回りました。

そして、関西電力からWEBコンテンツの制作依頼があり、中立的に、かなり画期的なコンテンツを作り上げる事ができました。

そのコンテンツがリリースされると、財務省、金融庁、電通など、様々なアクセスがあり、電力業界からも評価され、関西電力のコンテンツとして作ったものでしたが、電事連(電気事業連合会)を通して全国の電力会社でも使われるコンテンツとなりました。

その後、「1年半程度の期間で、全国の電力会社から社を代表するような人材を揃えてもらい、毎月、東京の電事連に集まる仕組み」を作りました。

彼らにコンテンツの講義をしながら、同時進行で、私が電力関係の新たなコンテンツを作っていくという前代未聞の構想です。

この「福島第一原子力発電所の事故」後の電力問題を、“今後の視点から中立的に解説するコンテンツ”は、それこそ、2020年3月6日公開の「Fukushima 50」にぶつける日程感で作り上げていました。

「Fukushima 50」
「Fukushima 50」

そして、おそらく世界で類を見ない画期的なコンテンツが完成したのですが、最終的に「リリースしない」という決断をしました。

その理由は、いくつかあるのですが、最大の理由は、この2作品を見てもらえば分かると思います。

確かに、福島第一原子力発電所の事故は“最悪な結果”を招くことなく、何とか終息する方向に向かいました。

しかし、それは、どちらの作品でもキチンと描かれているように、「なぜ暴走が止まったのか?」は正確には分かっていないからです。

福島第一原子力発電所の事故を教訓にして、全国の原子力発電所は、安全基準を強化しています。ただ、その「想定を超える事態」は、いつかは分かりませんが、必ず起こると思います。

(「想定外」を描いた「Fukushima 50」が、「想定外」の新型コロナウイルスに襲われた悲劇が象徴的でしょう)

そうなったら、いくら中立的な「仕組みの説明」に徹していたとしても、「電力会社の回し者」というレッテルを貼られる事は目に見えていて、しかも、そのリスクに見合うような対価をもらっているわけでもないのです。

このような経緯があるので、私は「THE DAYS」と「Fukushima 50」を作った制作者がうらやましくもあります。

それは、リリースしている場が、中立的に見え、世の中から不本意なレッテルを貼られる心配もないからです。

以上の事柄から、この2つの作品については、誰よりも俯瞰的に評価できる立場にいると考えています。

「THE DAYS」
「THE DAYS」

それでは、「THE DAYS」と「Fukushima 50」について考察していきます。

まず、内容的なものについては、専門的な目線で言うと、ツッコミどころはゼロではありません。

ただ、一般的には「ゼロ」と言ってもいいくらい「両作品とも現実の事象を非常に精緻によく表現できている」と思います。

「Fukushima 50」
「Fukushima 50」

次に、「見やすさ」と「面白さ」についてですが、これは「Fukushima 50」に軍配が上がります。

そもそも原子力発電所については、専門用語が多く、しかも作業工程なども分かりにくい内容にならざるを得ない面が大きく関係しています。

Fukushima 50」の場合は、リアリティーを損なわないレベルでテロップを入れるなどして、できるだけ見やすい状態にする工夫が見られます。

一方の「THE DAYS」の場合は、テロップ的なもので出てくるのは、場面が変わる際に「1、2号機 中央制御室」「免震重要棟」「タービン建屋」などの場所が簡単に表示されますが、そもそもの用語が一般の人には縁がなさ過ぎて理解しづらいのです。

さらに、「Fukushima 50」の場合は、いつの時点なのかを表示してくれますが、「THE DAYS」の場合は、時間の表示がなく、どの時点を描いているのかが分かりにくい面があります。

知っている人からすれば、これは主に5日間の話なのだろう、という事は把握できるとしても、予備知識を持ち合わせない人に対して不親切なような気がします。

要は、「ドキュメンタリー」的な手法をとことん追求した結果だとは思いますが、実在の人物も時計を見ながら行動しているわけなので、個人的には時間の表示はある方が良かったと感じています。

「THE DAYS」
「THE DAYS」

また、一般目線では、残念ながら、「そもそも原子力発電所の事故のような専門的な話には、そこまで興味を示しにくい」という現状があります。

電気は空気と同じく「あって当然の存在」として認知されてしまっているので、なかなか自分事としてエネルギー問題を考えようとはしにくい面があるからです。

そういった意味からも、このテーマは、より「見やすさ」と「面白さ」が求められます。

沈まぬ太陽」では202分という上映時間でしたが、「Fukushima 50」では122分とコンパクトにまとめ上げた点は評価に値します。

やはり「映画」というのが改めて凄いと感じるのは、約2時間くらいで“体感が可能になり、満足度も得られやすいように工夫されている”という点です。

「THE DAYS」
「THE DAYS」

では、「THE DAYS」のような「ドラマ」のメリットは何なのでしょうか。それは一言でいうと「深さ」を追求できる点でしょう。

THE DAYS」の場合は、地上波ではなく「配信」の形なので、全8話における各話の“長さ”がマチマチなのは、割と衝撃的でした(笑)。

第1話~第8話の時間は、大まかに以下のようになっています。

第1話:48分、第2話:53分、第3話:57分、第4話:56分、第5話:47分、第6話:53分、第7話:55分、第8話:1時間6分

第8話だけ大きく尺が異なっていますが、それは最後の16分間が、「そもそも始まりは何だったのか?」という吉田昌郎役の役所広司によるナレーション的な独白となっており、「日本と原子力発電所の関わり」の説明がある総括的な内容になっているからです。

これを除けば50分となり、大枠のフォーマットは揃っているとも言えそうです。

この長さがあるので、「Fukushima 50」の内容は、ほぼ「THE DAYS」に含まれています。

「THE DAYS」
「THE DAYS」

ただ、「THE DAYS」の「深度」は、とんでもなく「深い」です。

それこそ「Fukushima 50」で“分かったつもり”になっている人には衝撃的でしょう。

文字通り「ドキュメンタリー」のように作られているので、過剰な演出などなく、あるがままの「福島第一原子力発電所」の事故が描き出されているのです!

さらに情報量が多いので、この作品で初めて知る事は圧倒的に多いと思います。

しかも、極力「あるがまま」を描いているので、原子力発電に対して、否定的な人、肯定的な人、中立的な人、どの立場の人が見ても違和感を持たないと思います。そのため本作を見ることによって、日本のこれからの電力の行く末について考える事が可能になるのです。

このように「深さ」の点では圧倒的に「THE DAYS」に軍配が上がります。

分かりやすい事例では、2作品の共通点は、原作が「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発」なのですが、「THE DAYS」においては「吉田調書」「福島原子力事故調査報告書」という専門的な報告書もキチンと取り入れた上で物語を構築しているのです。

「Fukushima 50」
「Fukushima 50」

最後は「キャスト」について。これは先行して動いていた「Fukushima 50」が有利だったと思います。

Fukushima 50」の建付けで面白いのは、主演が福島第一原子力発電所の吉田昌郎所長ではなく、佐藤浩市が演じる伊崎利夫になっていた点です。

実際の映画を見てみると、吉田所長を演じる渡辺謙が主演のようにも見えますが、終盤に亡くなるので、伊崎利夫という登場人物を主演という形にしたのでしょう。

ちなみに、この伊崎利夫という登場人物は、当時の当直長だった2人を合わせた設定になっています。

Fukushima 50」と「THE DAYS」では、「限られた時間の中で、どこまで精緻に正しく状況を伝えられるのか」という視点で「登場人物のシンプル化」などが行われています。

例えば、最初の「2011年3月11日」の14時46分に発生した大地震の際、吉田所長は所長室に1人でいました。

Fukushima 50」ではそのまま描かれていますが、「THE DAYS」での吉田所長は、みんなと一緒の場にいたりしています。

個人的には、吉田所長は渡辺謙が最もハマっている感がありますが、想像以上に「THE DAYS」の役所広司も良かったです。

「THE DAYS」
「THE DAYS」

このように、日本で考えられる最大級の人選が行われた事が伺えます。

Fukushima 50」でいろんな意味で大きな話題になった佐野史郎が演じた菅直人総理大臣ですが、私は、これ以上に適役な役者はいないのでは、と思っていました。

ところが、「THE DAYS」の小日向文世が実に上手く、割と生き写しのように演じていたのは意外で良かったです。

「THE DAYS」
「THE DAYS」

この2作品で描かれている原子力発電所の事故については、決して「過去」の終わった話ではないのです!

目下、ロシアとウクライナの戦争では、ヨーロッパ最大規模を誇るザポリージャ原子力発電所において、まさに「福島第一原子力発電所」の事故と同等かそれ以上の事が起こりかねない事態になっています。

ロシアのプーチン大統領に「早く『THE DAYS』を見て!」と言いたくなる状況なのですが、私たちも他人事ではなく、私たち自身も見ておくべき必見の作品となっています。

この2作品の意味合いは、「単なる過去の事故」ではなく、「これからの私たち」にとって非常な大切な事を知り、考える事ができる作品なのです!

筆者紹介

細野真宏のコラム

細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。

首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。

発売以来14年連続で完売を記録している『家計ノート2024』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2024年版では「物価高騰時代にお金を増やす方法」を徹底解説!

Twitter:@masahi_hosono

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