コラム:ニューヨークEXPRESS - 第20回

2022年12月6日更新

ニューヨークEXPRESS

ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。


第20回:巨匠と脳科学、ボディーアーマーを作った男の栄光と影……ドキュメンタリー映画の祭典「Doc NYC」注目作を紹介

ニューヨークで開催されている「Doc NYC」は、世界中の優れた作品が一挙に鑑賞できるドキュメンタリー映画の祭典だ。13回目を迎えた今年は、世界各国から200以上の作品が集結。そのうち29作品がワールドプレミア、27作品がUSプレミア。ニューヨーク市内の映画館、IFC Center、SVAシアター、シネポリス・チェルシーなどで鑑賞できるだけでなく、オンライン鑑賞にも対応したハイブリッド開催となった。今回は、同映画祭で披露された5本の秀作を紹介しよう。


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●「Maya and the Wave」

オープニングナイトを飾った作品で、ブラジル出身のビッグウェーブサーファー、マヤ・ガベイラに迫っている。彼女は、2020年にポルトガルのナザレで、73.5フィート(22.4メートル)の波に乗り、ギネスの世界記録を更新した世界を代表する女性サーファーだ。ブラジルのリオデジャネイロで生まれ、13歳からサーフィンを始めている。15歳でサーフィンの大会に参加。17歳でプロのサーファーになると、オーストラリアやハワイに住みながら、本格的にその才能を磨き始めた。

大きな波が打ち寄せるため“危険なサーフィンの場所”として知られる北カリフォルニアのマーヴェリック、ハワイのワイメアベイ、メキシコのトドス・サントスなどに挑戦。さまざまな賞を獲得して、女性サーファーとしての地位と名誉を手に入れた。ところが、2013年、ポルトガルのナザレでビッグウェーブにさらわれてしまう。溺死寸前だったが、サーフィンのパートナーであるカルロス・バールによって助けられ、すぐに病院に運ばれたことで奇跡的に助かっている。

トラウマを抱え、肉体的にもダメージを受けたマヤ。本作では、そんな彼女が再びポルトガルのナザレに戻り、ギネスの世界記録を樹立。その記録を更新していく過程を、ブラジルの緑の党の設立者のひとりである父フェルナンドを含めた家族のサポート、なかなか評価されない女性サーファーの葛藤とともに描いている。


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●「Bad Axe」

カンボジアからミシガンの「Bad Axe(バッドアックス)」に移り住み、レストラン「Rachel’s Bar & Grill」を経営するチュン・シーヴと彼の家族を描いた作品。10代の時、カンボジアの大虐殺を目撃したチュンは、なんとかアメリカに逃れ、ミシガンの田舎町「Bad Axe」でドーナツ・ショップを開店。のちに大繁盛する「Rachel’s Bar & Grill」を経営し、アメリカンドリームを掴む。

映画では、新型コロナウイルスの影響で世界中がロックダウンになり、数カ月もの間レストランに客が入らず、テイクアウトのオーダーに頼ることになる様子を活写。ようやくレストランを開店できるようになっても、血圧が高く高齢のチュンは、会社勤めをしながらも週末に店を手伝う娘ジャクリンに心配される。レストランではマスク着用を義務付けるポリシーを掲げているが、「Bad Axe」は、トランプ支持者が多い場所。マスク着用を拒否するトランプ支持者の客と揉めたりすることも。さらに、ブラック・ライブズ・マターの支持をソーシャルメディアに載せ、ラリーに参加するジャクリンの行動も映し出していく。

大統領選になるたび、さまざまな州が「Red State(共和党支持者の多い州)」と「 Blue State(民主党支持者の多い州)」に分けられる。さまざまな人種が住み、異なる価値観を持った人々がいるアメリカの社会問題を、小さな田舎町の移民の家族を通して浮き彫りにしている。


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●「My So Called High School Rank」

舞台は、カリフォルニアのサクラメントにあるグラネット・ベイ・ハイスクール。ブロードウェイの舞台の夢を見ていた同スクールの教師カイル・ホームズ、音楽監督のデヴィッド・テイラー・ゴメスが、クラスの順位や大学受験の不安、生徒同士の付き合いに悩む高校生の心境を捉えたミュージカル「Ranked」を生徒たちと作り始める。スタジオでレコーディングを行い、その映像を基にブロードウェイ挑戦を目指すことになった。その様子をSNSで拡散すると、アメリカ国内のさまざまな演劇部が興味を示し始めた。

カイルとデヴィッドは、生徒と作り上げたミュージカルのレコーディング映像をライセンス化。同映像に興味を持ったアメリカ国内に住む高校生の演劇部にライセンス使用の許可を与えていく。その映像を基にそれぞれの学校の演劇部が舞台化を進めていくなかで、新型コロナウイルス蔓延によるロックダウンが生じ、学校の閉鎖、ブロードウェイの舞台も無期延期になってしまう。

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心の拠りどころだった舞台、自分の思いをぶつけていた場所がなくなったことで頭を抱える生徒たち。だが、Zoomを通して、オンラインで表現をし始め、芸術の価値と生きる喜びを見出していく。学校や貧富の格差、人種の違いを感じながらも、前向きに目標へと向かう生徒たちが映し出されている。悩みに押しつぶされそうな学生、子供と上手くコミュニケーションがとれない方々にも見てもらいたい作品となっている。


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●「Theater of Thought」

ドイツの巨匠ヴェルナー・ヘルツォークが、コロンビア大学のラファエル・ユステと共に脳科学の研究者にインタビューを敢行。人工知能から視覚的な画像処理まで、人間の脳がもたらす機能を科学的な側面で探求した作品。脳の研究を続けるアメリカのワシントン州にあるアレン脳科学研究所クリストフ・コッホ教授によって明かされるのは、仮に事故や障害で話すことができなくなっても、脳の神経科学の調査を続けることで、コミュニケーションを図ることができるということ。

次にヘルツォークたちが出会ったのは、ロックフェラー大学のコリ・バーグマン博士とノーベル生理学・医学賞を収めたリチャード・アクセルの夫婦。嗅覚による脳の機能、音楽による人間の感情的な反応、過去の経験とのつながりを教わっている。ロデオ馬術師の家族を持つニューヨーク大学ジョセフ・ルドゥー博士(著書「エモーショナル・ブレインー情動の脳科学」)は、脳科学における感情を研究しており、恐怖に関する人間の対処法に触れている。

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一方、スタンフォード大学で光遺伝学(光でタンパク質を制御する手法の総称)の第一人者として知られる教授カール・ダイセロスは、光遺伝学によって動物を攻撃的にしたり、お腹を空かせたり、眠くさせたりすることができると語る。ヘルツォークたちの取材は、教授や研究者に留まらない。1974年、ワールドトレードセンターのツインタワーの間を綱渡りして歩いたフィリップ・プティ、Siriを手がけたトム・グルーバーなどのインタビューも含まれているのだ。

もっとも多くの研究者に出会うものの、誰一人として人間の思考や意識に関しての“明確な答え”は持っていなかった。しかし、誰もが倫理的な問題に注意を払いながら、脳科学の研究をしている。そのことに驚かされ「脳には未知の部分がたくさんある」と改めて思い知らされた。


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●「セカンド・チャンス

今年のサンダンス映画祭、東京国際映画祭にも出品された作品。ミシガン州のセントラル・レイクでボディーアーマー(防弾チェッキと並ぶ個人用防具。主に戦争において砲弾や爆弾が炸裂した際、飛散する破片への対応策として生まれた)の会社「セカンド・チャンス」を設立したリチャード・デイヴィスの栄光と影をとらえている。

ボディーアーマーの性能の良さを示すために、デイヴィスはこんな行動をとった。ボディーアーマーを着用した自分の腹に銃口を向け、撃ち抜いてみせる。銃弾はボディーアーマーを貫通しない……。デイヴィスはそんなクレイジーな行為に出るほど、目立ちたがり屋でド派手なパフォーマスを披露するのだ。

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職を失った人々の多かった地元(=セントラル・レイク)を救ったデイヴィス。町の人口の8割が彼の会社に勤め、毎年、大きな花火大会も主催。信頼されている人物だったが、徐々に本性や性格があらわになっていく。

これまでケブラーを使用し、ボディーアーマーを作っていた「セカンド・チャンス」だったが、画期的な新素材ザイロンで製造をスタート。ザイロンは加水分解によって防弾能力が衰えるため、信頼を失い、経営は悪化。さらに「強盗に立ち向かった」というデイヴィスの武勇伝の記録が“まったく残っていない”ことが発覚したり、彼が経営する射撃場の流れ弾が高齢女性が住む家の窓に直撃。女性は心臓麻痺を起こしてしまうのだが、その責任を素行の悪い青年に被せようとしたりと、デイヴィスの正体が暴かれていく。

冒頭から映し出される“破天荒なデイヴィス”。「セカンド・チャンス」は、一時期純資産が5000万ドルはあるとされ、ボディーアーマーは警察、軍隊、元大統領のジョージ・W・ブッシュさえも着ていた(2005年、「セカンド・チャンス」はArmor Holdingsに買収されている)。

筆者紹介

細木信宏のコラム

細木信宏(ほそき・のぶひろ)。アメリカで映画を学ぶことを決意し渡米。フィルムスクールを卒業した後、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」のアシスタントとして働く。だが映画への想いが諦めきれず、アメリカ国内のプレス枠で現地の人々と共に15年間取材をしながら、日本の映画サイトに記事を寄稿している。またアメリカの友人とともに、英語の映画サイト「Cinema Daily US」を立ち上げた。

Website:https://ameblo.jp/nobuhosoki/

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