コラム:若林ゆり 舞台.com - 第101回

2021年10月14日更新

若林ゆり 舞台.com
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2016年に「仮面ライダーエグゼイド」でデビューした甲斐は、20年に「デス・ノート THE MUSICAL」の主演で初舞台を踏んで以来、「RENT」(ロジャー役)、「マリー・アントワネット」(フェルセン伯爵役)、「ロミオ&ジュリエット」(ロミオ役)と立て続けに大きなミュージカルに挑んできたが、すべてダブルキャスト。単独主演はこれが初、しかも日本初演ということで、1から作品を作り上げるという初めての経験を「楽しかった記憶しかない、特別な時間」と振り返る。

「比較する相手がいないというのは、逆に気持ちの上では楽でした。『自分はこの人みたいにできない』と思わなくて済む(笑)。演出の板垣(恭一)さんに『どう動いてもいいよ』と言われて、『いいんですか本当に?』って(笑)。すべての提案が僕のものというのが初めてで、新鮮でした。たとえば第1幕の終わりで、『必ず輝くぞ』って歌いながら、ホーマーは後ろを向いて幕が下りる。あそこは僕が演出の板垣さんに提案してみたんです。そうしたら『採用!』って言ってもらえて(笑)。前向きなホーマーが後ろを向いて終わるというのは斬新だって。そこで運命に弄ばれている感じがするし、後ろを向いた先にはお父さんがいて、そこが対峙して終わるという感じが僕はすごく好きなんです」

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ただし稽古場では苦労もあった。コロナ禍の影響で常にマスクをつけ、共演者とディスタンスを保たなければならないのだ。

「(共演者に)どれだけ近づこうとしても、最終的には近づけないんですよ。『もっといろんな話ができたらいいのにな』と、もどかしく思いました。でもホーマーも思い通りにならない現状を抱えている。そこは利用できるな、と思っていました。劇場入りしてからもずっとマスクをしていたので、初めて顔を見て芝居をしたのは初日の前日だったんです。これが意外と、僕にとってはよかった。なぜかというと、その表情に慣れていないから『あ、こんな表情をしていたんだ』と新鮮に芝居を受けられたんです。その感情を忘れないようにしたい。それに、コロナがない時代にこれを上演したら、共感できる人がもっと少なかったかもしれない。いまはみんなが不便を感じながら生きています。どうにかしたいんだけど、どうにもならない。だから、そんななかを突き進んでいくホーマーの姿がすごく美しく見えるし、たくましく、理想的に見えると思うんです。『自分もああなりたい』と、僕自身が思います。だからお客様にもそう思ってほしいんです」

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ホーマーはスプートニクを見たことで夢を掴み、運命をガラリと変えた。甲斐自身には、そういう経験はあった?

「僕がミュージカルに出たいと思ったきっかけは、『プリンス・オブ・ブロードウェイ』というミュージカルでラミン・カリムルーさんの歌を聞いて、圧倒されて。『ミュージカルってこんなにすごいんだ!』と肌で感じた瞬間でした。それから韓国で『ジキル&ハイド』などのミュージカルを見て、そこでも同じような感覚を味わって。すごいパンチを2発食らった経験が、僕にとって大きかったと思います。まだ僕は自分を探しながら歩んでいる最中で、ホーマーほど確かなものは見つけられていないのかもしれないですが。ホーマーはスプートニクを見たとき、『世界ってコールウッドだけじゃないんだ、世界は繋がっているんだ』と感じて、可能性が大きく広がった。最初はこの町から出て行けるなら、理由は何でもよかったんです。でも、ロケットを見た瞬間に『これだ!』と歯車が合った。原作の自伝によると、自分の憧れていた博士がスプートニクを見た翌日に記事を書いていたんですよね。自分の好きな人が同じものを見ていた。その感動を味わったからこそ、『自分にもできるんじゃないか、作れるんじゃないか、あのきれいな星みたいなロケットを』という思いを強くしたんだと思います」

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劇場という空間も、まさにそういう繋がりを味わえる場所。自分の好きな俳優と同じものを見て、共鳴できる。観客の応援する力が、演者を後押しする。

「それに尽きますね。同じものを見て、同じように心を動かされる。『同じものを見る』って、忘れがちじゃないですか。でもやっぱり僕らにしても、稽古場と、お客様のパワーを受け取ってやる本番とでは全然違うということを、初日に肌で感じました。マスクをしていらっしゃっても反応がわかるんです、息づかいとか、空気とか、鼻をすする音とかで。それが僕たちにエネルギーを与えてくれるし、この関係性は、やはりナマモノだからこそだと思います。お客様のなかには夢を叶えられなかった方も、これから夢を追う方もいらっしゃるかもしれない。でもこの作品を見ると、誰もが夢を追いたくなると思うんです。どれだけ年をとっていてもどれだけ落ち込んでいても、きっと『ひとりじゃないんだ』『もう1回立ち上がって前を見たい』と思えるし、お客様の人生に何かのきっかけを作れるかもしれない。そういう経験をしていただけたら何より嬉しいと思います」

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ミュージカル「October Sky -遠い空の向こうに-」は10月24日まで東京・Bunkamuraシアターコクーンで上演中。当日券あり。11月11日〜14日には大阪・森ノ宮ピロティホールで上演予定。詳しい情報は公式サイト(https://october-sky.jp)で確認できる。

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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