コラム:若林ゆり 舞台.com - 第100回

2021年8月17日更新

若林ゆり 舞台.com

第100回:日本のミュージカル界の光ともいうべき実力派・海宝直人の快進撃!

いま日本のミュージカル界で最も注目すべき俳優、といえば、間違いなく海宝直人はその筆頭だ。コロナ禍で停滞を余儀なくされたエンタテインメントの世界で、逆風の影響をもろに受けながらも、それをはねのけるかのようにめざましい急成長を果たしている実力派。魅惑の歌声と繊細な演技で、ミュージカル俳優としての輝きをぐんぐん増している逸材なのだ。というわけで、この連載の記念すべき100回目に登場してもらおう。

キャリアを振り返った海宝直人
キャリアを振り返った海宝直人

現在、海宝は帝国劇場で、細川智栄子あんど芙~みんによる少女漫画を原作とするミュージカル「王家の紋章」に主演中(浦井健治とのダブルキャスト)。演じるのは古代エジプトのファラオ、メンフィス役だ。この作品は45年前から描かれ続けている(現在も連載中!)、3000年前の物語。

「いまのリアリティだけでこの作品に臨んでしまうと、成立しない。いまを生きる僕たちとは違う種類のエネルギー、パワーが必要なんです。原作自体がもう“飛び出す絵本”かというくらい、キャラクターたちのエモーションがぐいぐい伝わる作品だから。“愛する”ということから“恨む”とか“妬む”ことまで、正のエネルギーも負のエネルギーも、ものすごくむきだしでダイレクト。それを我々が3次元で、体を通して表現するとなると、やはりある種のデフォルメをして、普段は使わないようなエネルギーをバーンと出していかないといけません。それにシルベスター・リーバイさんの書かれた楽曲が、そもそもエネルギーを使わないと歌えない曲ばかり。音楽に乗っかって歌うというよりは、僕たち自身が役柄としてエネルギーを出して音楽を引っ張っていかないと、音楽に負けてしまうんです」

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つまり国を引っ張っていく立場のメンフィスを演じながら、主演俳優として作品を引っ張っていく必要があるということ。

「メンフィスに関しては、そのバランスが面白いキャラクターだなと思っています。ファラオ(王)として幼少期から帝王学をたたき込まれてきたので、王としての威厳やエネルギーは当然持っていますよね。それでありつつ、まだ少年王ということで、どこか未熟さや、とてもピュアな部分があったりする。そういうアンバランスさがメンフィスをチャーミングにしていると思います。最初に台本を読んだときは『これどうやって言うんだろうな?』と思うセリフがたくさんあったんですけれども、稽古をしていくうちに強くなったのは『キャラクター同士の交流の中で生まれる感覚を大事にしたい』という思いでした。大げさに自家発電するのではなく、相手とのやりとりに普段よりも大きく反応して、自分の中で大きく動かして、それによって動いていきたい」

閉塞感に満ちたこんなご時世だからこそ、思いっきり現実から飛躍して壮大なロマンに身を委ねられる本作の楽しみは、格別なものになりそう。

「そこは今回、ひとつのテーマでもあるなと思っているんです。それこそいまはみんながマスクをして、どんな表情をしているのかもわからないような生活をしていますよね。でもこの作品に生きる人たちは、ものすごくむきだしの感情を表現していて、喜ぶときは本当に心の底から喜ぶし、怒るときは本気で怒るし、憎むときは怖いほど憎むし、愛するときは純粋に愛する。それを隠そうともせずバーンと出していくんです。それは見ていても演じていても、『清々しいな』と思うんですよ。だからいま、人と語り合うこともなかなかできない状況の中で、エネルギッシュな人々の物語を見て、少しでも元気になってもらったり憂さを晴らしてもらったりできればいいなと、すごく思います」

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幼いころ「姉とミュージカルごっこばかりして遊んでいた」という海宝少年は、7歳のときにオーディションに受かって「美女と野獣」のチップ役で初舞台。「ライオンキング」日本初演のヤングシンバ役も務めた。その後、19歳で「ミス・サイゴン」のアンサンブルを掴み、本格的にミュージカルの道へ進む。しかし、それからの5~6年、2015年に「レ・ミゼラブル」のマリウス役に選ばれるまでには、とても順風満帆とは言えない時代があった。

「いろいろオーディションを受けていたんですが、なかなか受からず。アンサンブルで出演させていただいていた舞台でも、歌のソロパートがないことの方が多かった。ずいぶん悔しい思いもしました。そのころは、自分の思う表現ができないことへの自分に対するフラストレーションみたいなものがずっとあったんです。それでボイストレーナーの先生を探して、いまの先生に出会ってから声も強くなりましたし、音域も少しずつ、自分の表現したい域に近づいてきたかな、と思っています」

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マリウスの後は、快進撃が続く。劇団四季の非劇団員としてオーディションに挑み、「アラジン」のアラジン役、「ライオンキング」のシンバ(大人の!)役、「ノートルダムの鐘」のカジモド役をゲット。さらにロンドンからオファーを受けてオペラショー「TRIOPERAS」に主演、ウエストエンドデビューまで果たしてしまった。

「ロンドンで『日本と違うな』とすごく思ったのは、みんなが時間通りに集まらないこと(笑)。大変だったのはプレビュー公演というシステムで、テスト期間のようなものだから、お客様を入れるようになってからも演出をゴリゴリ変更していくんです。これには参りましたね」

その経験は、後に役立つときが来た。「幻影師アイゼンハイム」をミュージカル化した「イリュージョニスト」だ。主演を務めるはずだった三浦春馬さんが急逝し、アイゼンハイムの代役を任されたのが、もともとは皇太子役の海宝だった。そしてこの公演は、さらなる荒波をくぐり抜けて3日間だけ上演され、観客に驚愕と感動をもたらすことになる(レポートは本コラムの第95回、https://eiga.com/extra/butai/95/を参照)。

「みんなけっこうギリギリのところで本番を迎えていた感じでした。(三浦)春馬くんのことがあって、やるべきなのか、やらない方がいいのか、というところから、さらにコロナ禍もあり、コンサートバージョンで上演しようとなって。本当に時間のない中での変更だったので、実質1週間くらいしかあのバージョンの稽古はできていなかったんじゃないかな。しかも直前までどうやってやるのかが我々役者には降りてこない状況だったので、『どうするんだ!?』と苦しくて、フラストレーションのたまる時間でした。でも(演出家の)トム(・サザーランド)さんの『こういう舞台を作るんだ』という意思の下、チェンジしてチェンジしてチェンジして、それでよくなっていくということは実感しているんですけど。(皇太子役の)成河さんも『よくなるのはわかるんだよ、これ、いっくらでもよくなるんだよ。でも大変だよな!』とおっしゃっていました。結果的には最初のプランよりずっと演劇的なバージョンになったんじゃないかと思います。あの本番の、緊張の糸がピーンと張ったような緊張感は経験したことがないものでしたね」

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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