【「蟻の王」評論】過去の事件から今も変わらないマイノリティへの差別を示唆する

2023年11月12日 16:30


「蟻の王」公開中
「蟻の王」公開中

1965年の冬。イタリアのローマで同棲していた劇作家のアルドと教え子の青年、エットラの寝室に警察が突入し、アルドは逮捕され、エットラは矯正施設へ送られる。同性愛を電気ショックで“治療”するためだ。

アルドのファミリーネームを取って“ブライバンティ事件”と呼ばれるこの事件は実際に起きたことで、イタリアで初めて教唆罪(他人を唆して犯罪に至らせること)が適応された事例として記録されている。今から60年前のイタリアでは、同性愛など存在し得ないという観点から、それに適応する法律がなかったのだ。劇中には、「同性愛者は自殺するか、治療するしかない」という絶望的な台詞があるほどだ。本作は、差別される以前に、その存在すら否定されたセクシュアル・マイノリティの現実を、当事者たちの苦闘と、それを記事にしようと奔走する新聞記者の視点とを対比させながら描いていく。描かれる全てを事実として受け入れるのは少々危険だが、家族と宗教が最大の拠り所であるはずのイタリアで、その二つからも完全に見放された同性愛者たちの姿は痛々しく、寒々する。

蟻の習性を人間社会に準え、愛する人にポエムで語りかける劇作家、アルドを演じるルイジ・ロ・カーショと、アルドの知的世界に体ごと取り込まれ、疑うことなく心酔していくエットレを演じるレオナルド・マルテーゼの抑制された好演が、劇的で騒々しい物語に独特の静寂をもたらしている。劇中で2人が共に過ごす時間は限られているのに、深い部分で繋がっていることを実感させるのだ。

監督のジャンニ・アメリオはプレスキットにこんな言葉を載せている。「半世紀以上経った今でも、この事件には不穏な要素が含まれている」と。そこには、イタリアが(世界が)、未だ閉鎖的で差別的な価値観から完全には脱却できてないというメッセージが込められているのだろう。偶然か否か、近く公開される「シチリア・サマー」(11月23日公開)は、これも実話に基づき、1982年のシチリアで恋に落ちた少年たちが辿る衝撃的なプロセスを描いている。アメリオ監督が言う、弱者に対する社会の不穏な空気は、幾度でも事実を掘り起こし、時間を飛び越えて映画にする意味があるということだ。

(清藤秀人)

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