女性映画監督の情熱と葛藤、母・妻という役割、そして更年期の不調までリアルに描く「オマージュ」監督インタビュー

2023年3月11日 10:00


シン・スウォン監督
シン・スウォン監督

中年の女性映画監督が、自分のキャリアと人生と向き合い、新たな一歩を踏み出す姿を描いた韓国映画「オマージュ」が公開された。映画への愛と情熱、そして仕事を持つ女性の生き方をリアルかつ、温かな眼差しをもって撮り上げた良質な人間ドラマだ。シン・スウォン監督のインタビューを映画.comが入手した。

<あらすじ>
ヒット作に恵まれず、新作を撮る目処が立たない映画監督の女性ジワンは、60年代に活動した女性監督ホン・ジェウォンが残した映画「女判事」の修復プロジェクトの仕事を引き受ける。作業を進めているとフィルムの一部が失われていることがわかり、ジワンはホン監督の家族や関係者を訪ね、失われたフィルムの真相を探っていく。その過程で彼女は、今よりもずっと女性が活躍することが困難だった時代の真実を知り、フィルムの修復が進むにつれて自分自身の人生も見つめ直していくことになる。「パラサイト 半地下の家族」で高台の豪邸に暮らす社長一家の家政婦を演じたイ・ジョンウンが、主人公ジワンを演じる。

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――イ・ジョンウン演じるジワンは映画監督であり、母であり、妻でもあり、シン・スウォン監督ご自身と重なるように思えます。実体験をシナリオに反映させたエピソードやセリフがあれば教えてください。

もちろんすべてではありませんが、ある程度は私の経験が反映されていると言っていいです。初めて映画を撮ったとき、家事と映画を撮ることの両立に葛藤していた時期がありました。映画の仕事を長くやっていると当然家を留守にすることも多く、映画のなかでは反対の状況で描いていますが、夫が料理をする時間がだんだん長くなったりもしたという実体験もあります。

昔は家事をしなければいけないという圧迫感を強く感じていました。私に限らずワーキングママならば誰しもそういう経験があると思いますので、それを反映させています。この映画を見たら私の夫は「僕のほうがたくさん家事をやっている」と不満を言うかもしれません(笑)。息子の姿も一部は投影させていますが、いずれにしても私の経験も入ってはいるもののあくまで劇映画なので、シナリオには創作の部分がたくさん散りばめられていますので、私が日常生活で考えていることを投影させているのは4分の1くらい。経験と創作が混じり合っているといえます。

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――主人公ジワンが、人生の中盤に差し掛かって仕事に行き詰まり、母・妻という役割によってかかる負担、そして更年期ゆえの体調不良の描写など非常にリアルでした。ジワンと同世代の女性が主人公の映画は、製作にハードルが高く日本ではほとんど作られていません。韓国では2018年から#MeToo運動が始まって、日本以上に活発な盛り上がりを見せました。韓国映画界でもさまざまな動きがありましたが、本作の製作に、そうした動きの影響はありましたか?

韓国では2018年あたりから#MeToo運動の高まりをうけて映画界のなかでもスタッフや俳優のあいだで起きた性暴力が明るみにでたり話題になり、その運動は映画界や演劇界に及びました。それまで女性の声に耳を傾けようとしなかった人たちも徐々に関心をもつようになり、女性監督への関心も自然と高まっていったように思います。ジワンは50代の女性という役どころでしたが、韓国では50代の女優は多くありません。私から見たら宝石のような演技派の俳優でさえ年を重ねたというだけで仕事がない俳優も多いんです。20~30代の若い女優を求める人は多いけれど、女優は中年になってくると役が回ってこなくなる。一時期スターとして名をはせた人ならまだしも、忘れ去られやすい存在になるのではないでしょうか。

私のまわりの女優に「最近何をしてる?」と聞くと、よく「何もしてない」という答えが返ってくるので、そのたびに残念に思います。イ・ジョンウンも「パラサイト 半地下の家族」で認知度が高まりましたが、彼女はそれ以前30年ほど女優として活動していたけれどテレビも映画も助演が多く本作が初主演です。その点も残念だと思わざるをえません。今は忙しい俳優さんになってよかったと思います。

男優に比べると韓国だけではなく世界的にも、女優は美しさが尊重されるので、年を重ねると与えられる役も限定されるのかなと思います。力量がある女優がたくさんいるのに、もったいないことですよね。喜ばしいのは「ミナリ」(20)でユン・ヨジョンがオスカーを受賞したこと。年配である彼女の受賞が本当にうれしいし、こういった女優が増えていってほしいです。演技というものは年を重ねるにつれて味わいがでてくるものなので、監督や制作会社はもっとたくさんの年配の女優に演じられる役を作ってほしい。でも中年の女優が出演するとなると、投資してくれる人がいなくてなかなか製作費が集まらず、どうしても低予算の映画になってしまうので、こうした偏見もなくなってほしいと思います。中年のスター俳優は数えるほどしかおらず、女優でももっとスタークラスの人が増えてほしい。その点はまだまだ映画界が改善すべき点だと思います。女性監督もそうですが、女優が長く活動するのがいまだに難しい状況なのが残念だと思うことの一つです。

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――本作でジワンが音声を復元する作品のモデルとなっているのは、韓国で2人目の女性監督だったホン・ウノンの「女判事」(1962)ですが、初の女性監督パク・ナモクの「未亡人」(1955)ではなく「女判事」にした理由を教えてください。

パク・ナモク監督の「未亡人」ではなくホン・ウノン監督の「女判事」をモデルにしたのは、2011年に私がドキュメンタリー「映画監督シン・スウォンの女子万歳」(11)を撮ったことがきっかけです。当時「未亡人」のフィルムは存在していましたが、「女判事」のフィルムは消失していて、映像がどこにもないと言われていました。でもどうしても見たい、切実に探したいという気持ちが高まったので、その気持ちを描写するかたちで、フィルムが現存しない「女判事」を探すという設定でシナリオを書きました。2019年に私が本作のシナリオを書いているときに「女判事」のフィルムが見つかりました。ある方が倉庫にあったフィルムを見つけ寄贈したことにより今ではYou Tubeでも見られるようになりました。

ただ、映画を見ながら現存する「女判事」のシナリオと照らし合わせたところ、映像が無い部分がたくさんあることに気がつきました。フィルムは残っているものの一部欠落していたので、その部分をジワンが探す設定にしようと話が膨らんだんです。フィルムが残っていた「未亡人」も、最後の10分ほど音声が消えています。俳優が何かを話していますが、音声がまったく入ってないのです。そこからヒントを得て、「女判事」もそういう設定にしてみようと思いつきました。つまり、「未亡人」のなかで音声がない部分を、「女判事」に置き換えて、音声がない設定を盛り込んだんです。

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――ジワン役のイ・ジョンウン、夫役のクォン・へヒョ、息子役のタン・ジュンサンはそれぞれ映画やドラマなどで日本でも非常になじみのある俳優ですが、それぞれキャスティングした理由を教えてください。また、舞台女優としても知られているキム・ホジョンがホン・ジェウォン監督役で登場していますが、彼女の起用理由についても教えてください。

イ・ジョンウンは、面識はありませんでしたが、映画を見てその存在はもちろん知っていました。「未成年」(19)という作品で、監督であり俳優でもあるキム・ユンスクの初長編映画です。この映画での彼女の演技がすごくて、出番は少なく2分にも満たないほどでしたが、非常に強烈な印象でした。この映画の試写会に行った時、上映後の打ち上げでイ・ジョンウンに挨拶し、いつか彼女と映画を撮ってみたいと思っていました。「未成年」のあとの「パラサイト 半地下の家族」(19)でも家政婦を強烈に演じていましたよね。彼女は演技の境界線がなく、どんな役でもできる、信頼できる俳優だと思っていました。

オマージュ」のジワンという主人公は、最初から最後まで出ずっぱりですから、上手い俳優でないと観客は見ていて飽きてしまいます。でも彼女なら間違いないと思いました。韓国では40、50代の女優がとても少なくて、こういうキャラを演じられる人も少ないのですが、この役は是非ジョンウンさんにお任せしたいと思いました。

クォン・へヒョに関してはドラマにもインディーズ映画にもたくさん出ている俳優で、ホン・サンス作品にもよく出演しています。彼のナチュラルな演技が頭に浮かんで、彼なら日常のトーンの演技を上手にできそうだし、イ・ジョンウンと夫婦役として良さそうだなと思いました。実はクォン・へヒョとジョンウンは大学の先輩後輩の間柄で、昔、劇団で一緒に活動したこともあったそうです。

タン・ジュンサンは撮影当時19歳くらいでしたが、20代前半の役柄もカバーできると思いオファーしました。「ヨンジュ」(18)というインディーズ映画では中学生役で出演していて、自然な演技が印象的で、そのことがあって息子役をお願いしました。

キム・ホジョンは、「マドンナ」(15)では主人公たちを搾取する元締めの役を、「若者のひなた」(19)ではコールセンター長の役を、それぞれ演じてもらいました。また彼女と組みたいと思って「オマージュ」でもオファーしたのですが、彼女が、「忙しくて少ししか出演しかできないけど、影の役をやりたい」と言ってくれたんです。

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――映画そのものへのオマージュにも満ちた作品ですが、監督ご自身はこれまでどんな映画に影響を受けてこられましたか?

大好きな監督がたくさんいます。韓国映画の監督はたくさんいすぎて挙げられないので、外国映画の監督に絞って言うと、スタンリー・キューブリックケン・ローチジェーン・カンピオン。日本映画では黒澤明是枝裕和黒沢清濱口竜介。女性監督で言えば、長いあいだ持続的に、亡くなるまで映画を作り続けていたアニエス・バルダは象徴的ですね。おそらく非常につらく困難ななか、情熱と根気と意志をもって長く映画を作り続けていたと思うので、私だったらあのようにできるだろうか? と思わされます。

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