「ドント・ウォーリー・ダーリン」は、熱病に侵されているかのような物語 O・ワイルド監督が紐解く“ユートピアスリラー”の謎

2022年11月11日 13:00


オリビア・ワイルド「一番面白いのは、トロイの木馬のような映画」
オリビア・ワイルド「一番面白いのは、トロイの木馬のような映画」

フローレンス・ピューが主演し、完璧な生活が保証された街ビクトリーを舞台にした“ユートピアスリラー”「ドント・ウォーリー・ダーリン」が、本日11月11日に公開された。メガホンをとったのは、「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」を大ヒットに導き、俳優としても監督としても活躍するオリビア・ワイルド。インタビューで、前作の青春コメディから一転し、サイコスリラーを作り上げた意図、主演のピューのキャスティング理由、インスピレーションを受けた作品について語り、謎めいた物語を紐解いた。

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理想の街ビクトリーで、アリス(ピュー)は愛する夫ジャック(ハリー・スタイルズ)と平穏な日々を送っていた。街のルールは、「夫は働き、妻は専業主婦でなければならない」「パーティには夫婦で参加しなければならない」「夫の仕事内容を聞いてはいけない」「街から勝手に出てはいけない」。ある日、アリスは隣人が赤い服の男たちに連れ去られるところを目撃。それ以降、彼女の周りで、不気味な出来事が連続する。精神が乱れ、周囲からも心配されるアリスだったが、やがて街のある秘密を知ってしまう。アリスは支配された人生から、逃れることができるのか――。

※本記事には、ネタバレとなりうる箇所が含まれます。未鑑賞の方は十分にご注意ください。

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――前作「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」とはうって変わって、本作はサイコスリラー作品となりました。最初にこのジャンルを選んだ理由、またどのように物語を膨らませていったのか、教えてください。

私はサイコスリラーが好きなので、作るきっかけがほしかったんです。子どもの頃は姉と一緒に、明かりの前にカーテンを張って、影絵でスリラー劇を作っていました。自分の寝室で「ホラー本図書館」を開き、1冊につき1セントの貸し出し料を徴収したりもしていました。スリラーやホラー映画は昔から大好きで、コメディと並んで、観客の感情を操る究極の方法だと思います。人の心の奥深くにある琴線に直結することですから。それは、監督としては大きな喜び。コメディは観客を笑わせ、意表を突きますが、スリラーも同じだと思います。

加えてラブストーリーを作りたいという思いもあり、「スリラーでありながら、ラブストーリーでもあり、政治的でもある作品を作れないものか」と考えていました。興味のあるさまざまなことに触れるチャンスでした。ただ、これはあまりにも野心的な作品だったため、誰も作らせてくれないだろうと思い込んでいたんです。スケール感においても、どこで誰とどう撮るかという点においても、とにかく野心作でした。そんななか、想像以上の作品を作ることができ、本当にラッキーでしたね。

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――前作と違い、オリビア監督ご自身が出演されています。監督と製作と俳優、さまざまな役割を担いながら進める映画づくりは、いかがでしたか。

さまざまな責任を負わなければならない立場にあったから大変でしたが、(作品に)完全に没入でき、ものを創造するプロセスを隅々まで経験させてもらえたことは良かったです。自分が作品と一体になれたような、電撃的な感覚を味わうことができました。

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また、スタッフやキャストと、かなり近い距離で働くことができたのも良かったです。(キャストを兼ねることで)どんな場面においても、役者がその時々に感じていることを、直に感じとることができました。映画の撮影現場には、ロジカル的な大変さがあるわけですが、監督はそんな状況でも、役者の心情を察知できていなくてはならない。「いかにして環境を整え、役者たちから最高の芝居を引き出すか?」ということを、いつも意識しています。

監督とキャストを兼ねるのは、とても疲れる作業なので、今後はやらないかもしれません。でも、そういうチャンスを得ることができて嬉しかったですね。

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――ワイルド監督の作品にはいつも、あらゆる立場の人を尊重する眼差しが貫かれていると感じます。本作でもアリスの女性の視点だけではなく、夫ジャックの視点も描かれていますが、ふたりのキャラクターは、どのように作り上げたのでしょうか。

ケイティ・シルバーマンとの共同脚本では、とにかく「このストーリーにヴィランはいない」ということを意識しました。行動の裏には、必ず感情的な理由がある。そして何につけても、全員の言い分を正当化できるものが一番面白い。本作でも、登場人物の行動には深い感情的な理由があることが大事で、そう描いているからこそ、観客が共感できるような人物像になっていると思います。善か悪かという単純なことでは片付けられないですね。

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この作品はスリラーなので、心底楽しめるような、古典的なハリウッド映画にしたいという考えがありました。クリス・パイン演じる、(ビクトリーを仕切る)フランクというキャラクターが敵対者として描かれますが、観客が見入るような、魅力的なヴィランとしての雰囲気を思いっきり引き出しました。ヴィランは、とりわけヒロインの前に立ちはだかる敵として登場する場合、その魅力が一層引き立ちます。なので、フランクを描くにあたっては、どんな心理的なダメージがあって、あのように権力を我が物にできるという歪んだ認知を持つに至ったのかを掘り下げたかったんです。そうは言っても、かなり憎たらしい人物ではあるので、共感するには限界がある。いずれにしても、脚本を書く上で一番楽しいのは、各登場人物の行動の根っこにある正当な理由を見出すことだと思います。

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――アリスは、誰もが憧れる理想の世界に疑問を抱き行動を起こす、意志の強いキャラクター。演じたフローレンス・ピューのキャスティング理由と、演技の感想を教えてください。

フローレンスは、アリスに人間性をもたらし、完璧に演じてくれました。このようなSFに触れる作品では、登場人物にSF的な要素が感じられると、観客の共感を阻害しかねない。逆にリアルに感じられるような描き方ができていれば、全体がうまくいく。フローレンスには、人間らしさを感じさせる温かみがあります。また1950年代が舞台の作品は、役者も50年代の声で発声することが多いのですが、アリスには現代的で自然な声が必要ということを、フローレンスは理解してくれました。

また、彼女はアメリカ訛りで話すという課題もこなしてくれたので、感謝しています。彼女はイギリス人ですが、アメリカ英語があまりにも完璧なので、驚きました。フローレンスのように完璧にこなせる人はいない気がします。フローレンスの声は、アリスの人物造形、そしてこの作品で描いている世界の重要な要素になる。とても温かみのある、引き込まれるような声で演じてくれています。

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――劇中には、アリスの夢に登場する女性たちのダンスや、アリスが顔にラップを巻くシーンなど、不安を掻き立てるシーンがちりばめられていますね。そうした場面にこめた意味やこだわりを、教えてください。

これは、まるで熱病に侵されているかのような物語。このコンセプトを確立しさえすれば、潜在意識を心象風景として自由に表現でき、直線ではないストーリーテリングが可能になります。本作では、潜在意識を描く手段として、魔術的リアリズムを用いました。ドキュメンタリーではなく、フィクションを作る理由は、そこにあります。フィクションであれば、文字通りに描く必要はないので、脳がどのように情報を処理し、潜在意識がどのように悪夢に反映され、我々への警告となるのかを探索することができます。

ネタバレにならないように話すのは難しいですが、具体的な例を挙げるなら、悪夢のダンサーたちはアリスの潜在意識であり、彼女をどこかへ引き戻そうとする警告でもある。つまり、彼女を救おうとしていると同時に、彼女を苛むものでもある。ギリシャ神話で言えば、「オデュッセイア」に登場するセイレーン的な存在でもある。ダンサーたちは彼女を誘惑しつつ、目を覚まさせようとするんです。

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――目や円などのモチーフも、印象的に登場しますね。

はい、目や円のモチーフも、たくさん使っています。撮影監督のマシュー・リバティークと話し合い、潜在意識への「ワームホール」、あるいはトンネルやブラックホールとも言える、それを象徴するような形状をちりばめてみました。また、劇場で見る観客はこの「ワームホール」を集団体験することになるはずだから、そういう劇場ならではの魔法を生かし催眠術にかけられれば、ビクトリーの世界にそのまま引き込むことができるに違いないと思いました。そうなれば、観客もアリスと同じ犠牲者として、この物語を味わうことになります。

我々のなかにある恐怖心を脳がどのように表出するかは、潜在意識を扱った文学や映画、芸術作品が数多く存在するので、撮影に向けてのリサーチは本当に楽しかったです。そして、欲望や恐怖や不安といった観念を、革新的な方法で、映画として描いてきた先人たちがいて、彼らへオマージュを捧げることができた気もするので、とてもやりがいがありました。

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――本作は、「危険な情事」「幸福の条件」といった作品から触発されたと発言されており、インスピレーションの源として、「インセプション」「マトリックス」「トゥルーマン・ショー」なども挙げられていますね。

各作品から、それぞれ影響を受けています。90年代のエイドリアン・ラインの映画について発言したのは、現在のアメリカ映画であまり見られなくなったエロティシズムがあると思うからです。そして「マトリックス」「トゥルーマン・ショー」のような映画は、私たちの現実に対する認識を覆し、非常に複雑で哲学的なテーマを提示しつつ、大勢が理解し、楽しめるエンタテインメントに仕上げている。また、見たあとに考えさせられる。「トゥルーマン・ショー」はコメディですが、実存的な問いを投げかけています。

一番面白いタイプの映画は、トロイの木馬のような映画だと思うんです。外見上はエンタテインメントですが、見始めると、そこにはもっと複雑な何かがあることがわかる。私はいつも、そういう映画を作りたいと思っています。

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