【「さかなのこ」評論】ギョっとするほどの秀作 「のん=“さかなクンの分身”役」という仕掛けが大成功

2022年9月4日 18:00


「さかなのこ」
「さかなのこ」

さかなクンの半生を映画化。そんな無理難題にも見えるものを、ギョっとしてしまうほどの秀作に仕上げてしまう。沖田修一監督の手腕に脱帽だ。完成した作品は「横道世之介」を想起させる仕上がり。笑えて、泣けて、最後に背中を優しく押してくれる。「明日への活力になる映画」と言えるだろう。

原作は、さかなクン初の自叙伝「さかなクンの一魚一会 まいにち夢中な人生!」。子どもの頃からお魚が大好きだったさかなクンがたくさんの出会いの中で“さかなクン”になるまでが描かれている。ここに沖田監督は、ユーモアたっぷりのフィクションを織り込んだ。

そして出来上がったのが、のんが演じる“さかなクンの分身”ミー坊の物語。

ミー坊は「男か女かは、どっちでもいい」という前提のもと、ストーリーは進んでいく。この“どっちでもいい”というスタンスが非常に良い。ミー坊を見ていると、次第に「男なのか? 女なのか?」という疑問が、本当にどうでもよくなってくる。いつ何時でも、全力で「好き」を貫き続ける――その前向きな姿勢にグイグイと引きつけられてしまうからだ。

また、のんの起用がこれまた絶妙なのである。「ミー坊役の最適解」とさえ言い切ってしまえるほどのハマリ役。現在進行形で「自分の“好き”を貫いている」というパーソナルな印象も相まってか、ミー坊の魅力を格段にアップさせている。のんにとって、沖田組は初参加の場。しかし、沖田流演出との相性はバッチリだ。ゆるくシュールな展開、演技巧者たちとの掛け合いで、きっちりと爆笑をかっさらう。一体、何度噴き出したことか……。

大きく描かれていくのは「何かを好きで在り続けることの重要性」。同時に「好き」を維持し続けることの難しさという点にも光を当てている。他者を守るため、生活のため、仕事のため……「好き」という存在は、さまざまな局面で天秤にかけられる。だからこそ、自身の思いに正直なミー坊の姿が愛おしくなる。登場人物たちと同様、ミー坊のことをきっと「好き」になってしまうはず。

さかなクンが謎の人物・ギョギョおじさん役で出演しているという点にも、ぜひ注目を。遊び心のある要素かと思いきや、実は物語に欠かせない超重要人物。しかも、さかなクンが演じるからこそ成立しているキャラクター(アナザーバージョンのさかなクンともいえる)。原作者をただ出演させるのではなく、しっかりとした形でフィクションに取り入れることに成功しているのだ。

(岡田寛司)

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