林家たい平が落語家を目指したきっかけの映画は? 親子初共演作「でくの空」と映画館への思い入れを語る

2022年8月25日 13:00


林家たい平
林家たい平

「笑点」でオレンジの着物でお馴染みの落語家・林家たい平師匠は、これまで2本の映画でメイン・ロールを務めた俳優としても知られている。その3本目の主演最新作「でくの空」が完成し、東京での初日を前に話を伺った。

【「でくの空」作品情報】

埼玉県の寄居町や秩父市を舞台に、部下を事故で亡くした男の心の再生を描いたヒューマンドラマ。電気工事店を営んでいた周介は、長年コンビを組んでいた従業員を工事中の事故で亡くしてしまったことから店をたたみ、父の元に身を寄せている。事故の真相を隠したまま、亡くなった従業員の母・冴月の世話を焼くが、冴月は周介になかなか心を開こうとしなかった。姉の活美が経営するよろず代行屋に拾われた周介は、助けを必要とする人びとと接する中で、自身も次第に立ち直りを見せていく。

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●「俳優ではなく落語家だから」という甘えは捨てて、胸を借りる気持ちでやりました

――島春迦監督とは2作目、熊谷真実さんとは3本目のお付き合いになりますね。

林家たい平(以下たい平):ええ、真実さんとは、私が企画・主演した落語映画「もういちど」(14)の共演が縁で、以後家族ぐるみで親しくして頂いて、秩父にも何度か遊びに来てくれてます。今回も現場に手作りの料理を持って来てくれたり、搾りたてのジュースを振る舞ってくれたりと、周囲に気遣いができる、そういう雰囲気が作れる素敵な役者さんです。その真実ちゃんが、島監督の商業デビュー作「花の兄」(16)に出演したことがきっかけで私を紹介してくれて、「おくれ咲き」に呼んで頂きました。この作品は大人の恋愛映画でちょっと柄じゃなかったんですが、今回の「でくの空」は、峠周介役を私に当て書きしてくれました。ありがたい限りです。

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――結城美栄子さん演じる冴月(さつき)との関係が繊細に描かれていると思いました。

たい平:周介と彼女の心の距離感を大切にしました。このシーンの冴月と周介はレベル1~10のどれなのか、自分の中で整理して監督と決めていきました。コロナ禍で撮影も順撮りではなかったので、ここはまだ近づいてはいけない、とか、まだこの障壁があるな、など細かく確認しつつ、距離のレベルを常に念頭に置いて準備したので、現場で慌てることはなかったと思います。

――大ベテラン結城さんと2度目の共演はいかがでしたか。

たい平:子どもの頃からテレビや映画で見ていたので、共演できるなんて夢にも思いませんでした。ただ、結城さんも役者なので、ミリ単位で演技を調整するようなプロの仕事ぶりをされるので、僕も現場では「俳優ではなく落語家だから」という甘えは捨てて、胸を借りる気持ちで一生懸命やりました。結城さんは僕を突き放す厳しさも持っていて、それが少しずつ打ち解けていく過程と、映画のストーリーが自然に重なっていきました。そこに気付いた時は驚きました。

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――それで、冴月とのあのラストに繋がるんですね。

たい平:ネタバレになるので詳しくは言えませんが、あのシーンは本当に2人が打ち解けた、分かり合えたっていう瞬間で、僕は演技をするというより、嬉しいという感情が自然と湧き上がっていました。それは、初めて結城さんから「役者として認めるよ」とも言われているような気がして。とにかく幸せを感じていました。

●林家ぺー師匠は、正直ちゃんと演技ができるのか心配でした。

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――それから、同門の林家ぺー師匠がお父さん役で出演されてますね。

たい平:前作「おくれ咲き」の試写会にペー師匠が来てくれた時に、監督と小津映画の話かなにかで盛り上がっているなと思っていたら、いつの間にか2人が仲良くなっていて。

――いつものぺー師匠とはガラッとイメージまで変わっていましたね。

たい平:地味な衣装で「男はつらいよ」の佐藤蛾次郎さんみたいな素朴な、不器用なキャラクターが見事にハマって、いつの間にか役になり切っていました。

――ペー師匠の演技を見たことは?

たい平:一切ないですよ。起用もクランクイン直前まで知らなかったし、正直ちゃんと演技ができるのか心配でした。そうそう、現場入りの初日、時間になっても来ないんですよ、ペー師匠が。それで電話したら、なんとまだ家にいたんですよ。

――それは共演者としても、林家一門としても、相当に焦りますね。

たい平:もうドキドキでしたよ! 急いで現場に来てもらっても、今度はセリフがまったく入ってない。始まったと思ったら、右手と左手が一緒に動いちゃってNGになったりと、ハプニング続きでした。でも、その不器用さが徐々に役に追い付いてきて、そうすると師匠の優しさや人の良さまでが、うまく画面に滲み出てくるんです。師匠はこれまでに何本も映画に出演していますが、それはあくまで「林家ぺー」としてなので、何者かを演じる、というのは初めての経験だったと思います。だからこの映画では、誰も見たことのないペー師匠が見られるんです。

――同門といえば、たい平師匠の長男で弟子の林家さく平さんが、周介の息子役として映画に初出演されてますね。

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たい平:さく平はまだ前座で修業の身なので迷ったのですが、監督からオファーを頂いたこともあり、落語家にとって経験は財産だと思っているので、思い切って出演させました。実の父親の前で演技をするということもあり、最初はだいぶ硬かったんですが、徐々に自分の役柄を理解していきましたね。ペー師匠とさく平と私の3人のシーンがあるんですが、この時は父親の私でも見たことのない表情をしていて、息子ながら感心しました。

――師匠は歌のCDも出されていて、線香の「青雲」のCMではオーケストラを従えています。今回はドヴォルザークの「わが母の教え給いし歌」を独唱するシーンがありましたが、いかがでしたか。

たい平:進み方がゆったりで、音の掴みどころがない曲で、難しかったですね。周介はプロの歌手ではありません。ただ、この歌は彼の気持ちを表すものとして、とても重要な場面なんです。だから、自分が納得するまで20回以上は歌い直しました。監督もスタッフもOKを出しているんですが「もう一度お願いします」と志願して、納得するまでやり直しました。

●やっぱり町に映画館があるって良いですね。

――親子初共演も果たしたんですね。そんなたい平師匠を産んだ秩父に、ついに映画館が出来ました。

たい平:「ユナイテッド・シネマ ウニクス秩父」という映画館が7月に完成しました。もちろん「でくの空」も絶賛上映中です(※編集部註:8月31日上映終了予定)。

――秩父には29年間、映画館がなかったんですよね。

たい平:93年に最後の映画館・秩父革進館が閉館しました。僕が子どもの頃には3つの映画館があって、鉄の扉を通して外に英語のセリフが漏れてきたり、桟敷席があったりと、それぞれ個性的な劇場でした。子供の時は忍び込んで肝試しをやったりと、思い出も一杯あります。なので、すごく寂しい思いをしていたところ、今回新たにユナイテッド・シネマ ウニクス秩父がオープンを迎えて、なおかつ自分の主演作が上映されるなんて光栄です。監督が目指した映画の地産地消も実現したことになります。やっぱり町に映画館があるって良いですね。そんな文化がいつまでも消えないように支えられたらと思っています。

●たい平師匠が、今後やってみたいことは?

――今後やってみたい企画や出演したい作品はありますか。

たい平:「劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(13)、「心が叫びたがってるんだ。」(15)、「空の青さを知る人よ」(19)の秩父3部作、これは大変素敵な作品で、僕の通っていた高校とかも出て来るので、とても思い出深いんです。シリーズの新作があれば、どんな役でも良いので声優として出させて頂きたいと思ってます。

それから、19世紀に起きた秩父事件。小学校で習ったのですが、いまだによく分かっていない事実もあるので、もしまた映像化されたら、何かの役でぜひ出たいと思っています。(※編集部註:秩父事件を題材した作品として神山征二郎監督の「草の乱」(04)がある)

――なるほど、アニメから社会派まで幅広いですね。ところでお気に入りの監督はいらっしゃいますか。

「の・ようなもの」(1981年)
「の・ようなもの」(1981年)

たい平:僕の場合はなんと言っても森田芳光監督です。監督デビュー作「の・ようなもの」は衝撃でした。落語家になるきっかけ、いや背中を押してくれた作品です。落語家っていい加減そうで、でもいい世界だな、と憧れを持った作品です。実際に弟子入りしたら、映画以上にいい加減でしたけど(笑)。

インタビューでも触れましたが、「でくの空」は、心に傷を負った元電気工事士の、挫折と再起する姿を、寄居と秩父の四季の移り変わりとともに描いた人間ドラマです。俳優として着実にキャリアを重ねるたい平師匠を、劇場でご覧ください。それが秩父の映画館だったら、帰り道の景色が少し身近に感じられるかも知れません。お近くの方はぜひ。

でくの空」は8月26日から公開。

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